2024年12月1日(日) 配信

旅行新聞新社(石井貞德社長)は12月1日、取材活動などを通じて見聞きした今年の観光業界の取り組みの中から、創意工夫の見られるものを独自に選び、表彰する「日本ツーリズム・オブ・ザ・イヤー2024」を選出した。同賞は2021年に創設し、今年が4回目。グランプリは、旅館の存在意義を示しつつ、雇用維持や新規事業に努めた「加賀屋グループ」(石川県)を選んだ。優秀賞には「伊予鉄バス」(愛媛県)と、「奥出雲多根自然博物館」(島根県)を選出した。各賞の地域の拠点として次世代につなぐ新たな試みや挑戦を紹介する。
□グランプリ 加賀屋グループ
心に寄り添うおもてなし、雇用維持や新規事業展開も
オンラインショップにも注力
日本ツーリズム・オブ・ザ・イヤー2024のグランプリに輝いた「加賀屋グループ」(渡辺崇嗣社長、石川県七尾市)は、今年1月1日に発生した「令和6年能登半島地震」により甚大な被害を受けた。
和倉温泉では旗艦店の「加賀屋」、「松乃碧」「あえの風」「虹と海」の4館が営業していたが、現在も休業を余儀なくされている。
加賀屋本館は、エレベーターを囲むガラスや通路の壁が崩れ落ちるなど建物の損壊があったが、幸い宿泊客にはけが人はなかった。エレベーターの止まった館内でスタッフは階段を駆け上がり、安全な場所へ案内した。館内放送では安心感を与えるために、「従業員の指示に従って安全な場所へ避難してください」と呼び掛けた。宿が海辺にあることから避難所となっている高台の小学校まで徒歩で誘導した。
入浴後に浴衣姿となった宿泊客も多く、防寒着を提供した。避難所には、おにぎりやお茶などの飲食物、売店のお菓子、さらにはバスタオルや毛布、布団などを車やトラックで運び、少しでも宿泊客の不安を和らげるよう懸命に対応した。乳児用粉ミルクにはお湯が必要なため、電気ポットも持参したという。
翌2日には、安全を考慮して、各客室の代表者1人にスタッフ5人が付き添い、20階までの客室を階段で何度も往復して荷物を運んだ。
その後、通行可能な道路があるのか、社員が宿から金沢までのルートを確認し、宿のマイクロバスなどを総動員して金沢まで無事に送り届けた。
加賀屋には「おもてなし日本一の宿」の呼び名が離れない。平常時には、皆がその理由を十分に実感できないこともあるかもしれない。しかし、予期せぬ災害時にあって、献身的な、宿泊者に寄り添う心からのおもてなしに触れ、「これほどまでに宿泊客のことを考えてくれるのか」と、「加賀屋の真髄」を多くの宿泊客が体感されたのではないか。宿泊客や常連客、避難所で支援を受けた地元住民からも続々と感謝と激励の声が届いたことが、すべてを物語っている。
宿泊形態の多様化が進み、民泊や自動チェックイン機の導入など人を介さない宿泊施設も増えている。「旅館の存在意義」が問われる場面も多くなってきた。
能登半島地震発災後の加賀屋の姿勢は、日々おもてなしをしている全国の旅館にも「自信と誇り」を再認識させた。旅館業界からも多くの称賛の声が上がった。
加賀屋は26年の営業再開を目指しているが、まだ具体的な見通しは立っていない。
本業の「旅館業」が休業しているなか、スタッフの希望を聞きながら、グループ企業や全国の旅館に出向させるなど雇用維持にも努めている。一方で新規出店など、さまざまな事業を前進させる歩みは止めていない。
7月にはJR大阪駅西口に開業した「KITTE(キッテ)大阪」に、能登・加賀の四季折々の幸を盛り込んだ伝統料理を提供する「日本料理 加賀屋」を開業した。
オンラインショップにも力を入れている。秋から「福幸」をテーマに、人気の「新春おせち」の販売をはじめ、「能登半島復興応援」オンラインマルシェでは、共に復興を目指そうと、地元事業者の商品販売の支援も行っている。
レプラカン歌劇団の特別公演のようす
10~12月には、JTBとアサヒビールと、ナイトタイムエコノミーを通じた北陸復興支援の一環として、加賀屋の会場を利用できない歌劇団のために、「レプラカン歌劇団」の東京公演も実施している。
□優秀賞 伊予鉄バス
賃上げや労働条件を改善、人手不足の解消に向けて
伊予鉄バスのEVバス
優秀賞の「伊予鉄バス」(清水一郎社長、愛媛県松山市)は、運賃改正による運転者の賃上げや労働条件の改善をはじめ、多様な働き方ができるように選択肢を設ける働き方改革など、慢性的な人手不足の解消に向けて力を入れている。
2023年12月に年間通じて週平均2日になるように休日数を増やし、休日数を約8%増加。稼働時間も若干減らすなどの処遇改善に取り組んだ。賃金に関しては早期に交渉したうえで、異例の今年1月に賃金改定を実施し、実質的には1人当たり平均7%の賃上げを達成。休日数や賃金が働くなかで一番重要として、まずはそこからと改善に努めた。
親会社の伊予鉄グループでは、23年10月から完全週休3日制に完全移行した。伊予鉄バスもグループ本社と異なるが、週休3日制を選択できる枠組みを設けた。会社として先駆けて制度を整え、本人や家庭の変化で働き続けることが困難となった場合の選択肢となることに期待している。
今年10月には伊予鉄道と共に、運賃改定とあわせて、郊外・市内電車、バスの全線でキャッシュレス割引を導入した。キャッシュレス化を促すことで、乗降時間の縮小や運行時間の定時性アップなど、利便性向上と現金扱いの削減につなげる。
25年3月からは、バス全線でモバイル含む全国交通系ICカードの利用開始予定だ。
このほか、EV(電気自動車)バスの積極採用のほか、自動運転バスの実証実験を進めているなど、人手不足の解消に向けて取り組んでいる。
□優秀賞 奥出雲多根自然博物館
「暮らせる博物館」構想、奥出雲の魅力発信
奥出雲多根自然博物館
同じく優秀賞の「奥出雲多根自然博物館」(多根幹雄理事長、宇田川和義館長、島根県・奥出雲町)は、地域に根差した「暮らせる博物館」の構想を掲げ、奥出雲の自然や文化、食などの魅力をさまざまな角度から発信している。
博物館は世界の化石や地球を形成するさまざまな鉱物、恐竜の全身骨格標本など約2000点を展示する。館内には客室を備え、全国唯一の「泊まれる博物館」としても知られる。宿泊者を対象にした「ナイトミュージアム」が好評だ。
2021年には近接地にある古民家を改修し、1棟貸しの体験交流施設「奥出雲百姓塾」を開設。宿泊しながら、近隣田畑での農業体験や奥出雲の食材を使った料理体験などができ、奥出雲が長い時間をかけて育んできた自然と共生する知恵や文化を学べる。
今年8月には、若い人の感性や視点を今後の運営に生かそうと、國學院大學(東京都渋谷区)の学生3人をインターン生として受け入れた。博物館業務や宿泊業務を2週間体験してもらったほか、博物館を拠点とした周遊観光について意見交換した。
10月には松江栄養調理製菓専門学校(島根県松江市)とのコラボ企画として、館内レストランで「1日限定出張レストラン」を開催した。同校の学生が奥出雲の食材を生かしたランチメニューを考案し、限定40食を振る舞った。
館内レストランは常時営業し、仁多米を1人1つの土鍋で提供する朝食はとくに好評。食を通した地域活性化にも貢献している。
□25年1月17日に 「100選」会場で表彰
前回グランプリに輝いた古窯グループ
日本ツーリズム・オブ・ザ・イヤー2024のグランプリ、優秀賞は、25年1月17日に京王プラザホテル(東京都新宿区)で開催する旅行新聞新社主催「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」などの表彰式会場で表彰する。受賞の取り組みについては、25年発行の本紙で詳しく紹介していく予定。
【本紙1947号または12月5日(木)以降日経テレコン21でもお読みいただけます。】