2017年4月21日(金) 配信

高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客の強い支持を得て集客している宿の経営者と、工学博士で、サービス産業革新推進機構代表理事の内藤耕氏が、その理由を探っていく人気シリーズ「いい旅館にしよう!Ⅱ」の第12回は、新潟県・月岡温泉「白玉の湯 華鳳・別邸越の里」の飯田美紀子女将が登場。「宿に定まった型があるからこそ、お客の動きが見えてくる」と内藤氏が語ると、飯田女将も「社員が皆、同じ型を持つことが大事」と応じるなど話題は多岐にわたった。
【増田 剛】
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内藤:創業されたのはいつですか。
飯田:1967(昭和42)年に、木造2階建ての客室8室と、中広間1室で開業しました。その後、75年に法人組織「ホテル泉慶」としました。
開業当時はまったくお客様がいない状況で、先代の実母(橋本キヨ女将)は新潟市内のタクシー会社を回りました。当時、タクシーの運転手は夜遅くお客様を乗せても泊めてくれる宿がほとんどない状況でした。深夜だと新潟市内から約30分で月岡温泉まで来られるので、「おひとりでも連れて来てください」と頼み込み、タクシー会社に手数料も払ったと思います。
母は夜中に到着されるお客様にも対応できるように、いつも洋服を着て寝ていました。「夜遅く来たのに、女将におにぎりを握ってもらった」とお客様に感謝され、次にお越しになられるときには早い時間にいらしていただけるようになり、お客様が次第に増えていきました。
もともと月岡温泉の多くの宿は湯治の自炊旅館でした。82年に上越新幹線が新潟まで開業し、85年に関越自動車道がつながったことで、当館も増築と改築を繰り返しました。バス・トイレ付の客室は月岡温泉で最初に作りました。今でいうVIPルームです。
90年に約3万坪の土地を買い、新館「華鳳」を97年に開業しました。オープン後、バブル崩壊によってどんどん景気は悪くなっていましたが、華鳳の開業人気に支えられて不景気の影響はあまり感じませんでした。しかし、01―02年ごろから売上も落ち、流れが悪くなってきました。面積も、人件費も2倍になったにも関わらず、売上は半分ほどに減少しました。厳しい経営状況のなかで02―04年の間に両親が亡くなりました。
――泉慶の姉妹館「華鳳」、さらに「別邸越の里」はどのような理由で建てられたのですか。
飯田:母はお客様に喜ばれようと、工事を繰り返していました。泉慶は増築、改築を繰り返したため、眺めのいい部屋や、古い部屋などが混在し、旅行会社にとっては団体客の部屋割が大変でした。大きな団体のお客様が来られても「同じような客室を提供できるように」と華鳳を作ったのです。
そのうち、「華鳳はいつ行っても、団体客のように同じ部屋ばかりで面白くない」というリピーターのお客様も増えてきました。このため、07年には全20室がそれぞれ趣の異なるプライベートスイートの「別邸越の里」を開業しました。
内藤:先代からは、どのようなことを伝えられたのですか。
飯田:とにかく「お客様が第一」ということが根底にありました。
「どんなことをしてでもお客様の要求を叶えてあげましょう」と母から教えられてきました。どうしたらお客様が喜び、感動され、笑顔になっていただけるか。感謝をいただくには私たちがどのような振る舞いで接するべきか――といったことです。
とくに、お辞儀の仕方は細かく教わりました。お客様をお出迎えするときは、「あまり深く頭を下げ過ぎないように。初対面のお客様に頭を下げ過ぎてしまうと、あなたのお顔が見えないから、ちょっと横を向いて、笑顔を見せてね」と。
また、お見送りのときは、「必ず笑顔で、しっかりと頭を下げて」と言われました。
母は私たちの前では社員を叱りませんでした。どこで叱ったのかわかりません。おそらく役員室にコーヒーなどを持って来てもらったりしたときに、時間をつくって会話を交わしていたのだと思います。皆の前ではなく、社員と向かい合って「どうだったの?」と話を聞いてあげていたのではないかと思います。私自身もあまり叱られた記憶がありません。でも、今から考えると、しっかりと教えを受けているのです。
内藤:先代は細かいことを日常的に教えられていたのですか。
飯田:そうですね。母からの教えを私や支配人などが受け継ぎ、全社員に伝えていくということを、今も続けています。
新しく入った社員には2―3年目の先輩が「ティーチャー」(先生役)となって付きます。半年から1年くらいの間、お客様との接し方や、会社の考え方を1対1で基本から教えることで、全社員に浸透していきます。
内藤:先代がほかにもこだわっていた部分はありましたか。
飯田:ある1組のお客様からクレームが発生すると、「いいよ、いいよ。クレームになってしまったことは仕方がない。あとは私が対応するから。その代わり、あなたのお得意様やファンを2組分つくってね」と言っていました。「終わったことについてはそんなに気にかけなくていいよ」と、尾を引くようなことはしませんでした。
内藤:つねに社員を前に出す姿勢ですね。「2度と同じ失敗を起こさない教育」はどのようにされていたのですか。
飯田:クレームは全社に公開します。原因を分析し、社員全員で共有します。そして、「2度と起こさない」ために、どのように対処するかを考え、改善策を見出していきます。
内藤:全社に公開して、考え、改善するまで、PDCA(Plan―Do―Check―Act)のサイクルが継続していくわけですね。
飯田:そうです。失敗だけではなく、先輩や同僚がお客様から感謝されたり、お褒めの言葉をいただいたりしたときも、全社員が良いことを真似できるように発表しています。
一方、根本的なクレームもあります。これは、私たち経営者が大きな改革をしなければならない部分です。
内藤:それはどいうった部分ですか。
飯田:例えば団体客も、今はより小グループへと変化していますので、夕食は小座敷ばかり40―50組となることもあります。しかし宴会場も限られていますので、個室の部屋出しでの提供になってしまいます。社員も1人で3組くらい担当しますと、調理場から客室までの導線が長いため、お客様のところに行くまでに熱い料理が冷めてしまうこともあります。
そうすると、「遅い」「飲み物を注文しても来ない」などと、お叱りを受けることがあります。
でも、これらはいくら社員が一生懸命にやっても解決できる問題ではありません。根本的なところから変えていかなければ、同じようなクレームが繰り返し続くわけです。お客様の声に応え、社員不足の問題も解消する改善策として、約3億円を投資し、庭のスペースに個室料亭を25室新設することにしました。17年の12月にオープンする予定です。
労働力の問題もあります。扶養控除が適用されるパートさんなどは、働く時間に上限があります。このため、多くのスタッフを雇わなくてはなりませんが、現実は人手不足に悩まされています。
また、サービス業は季節波動があり、社員数を一番高い波に合わせると人件費が高くなります。波の真ん中に合わせると、波が高いときには人が足りないという問題も発生します。
生産性を上げるために手の空いた部署の社員が、一番忙しい部署の応援に行くというのは、現実的にはなかなか難しいですね。
内藤:他部署に応援に行くというのは理論的には正しいのですが、「部署間が助け合う」文化をつくっていくことは、本当に大変です。私も色々な現場を見ていますが、口で言うのは簡単ですが、実際に行うのはものすごく難しい。それが文化として根付くには数年かかります。
飯田:もしクレームが発生したら、お詫びをしたり、多くの部署のスタッフが対応したり、膨大な時間と労力を要します。
「それだったら、はじめから忙しい現場に応援に行っていたら、こんなにクレーム対応を長引かせることもないのだよ」と説明しています。
内藤:忙しいのは一瞬、一瞬です。食事の時間も、ものすごく忙しいのは最初の15分で、その後は落ち着いてきます。その15分の忙しさを現場は「人手不足」と感じてしまうのです。「忙しい時間帯は限られている」ということが、実はよく見えていないことが多く感じます。
漠然と人手不足と言っているうちは、まだ人余りの状態。具体的に「○時から○時まで○人足りない」と現場が言ってきたとき、本当に人手不足の状態だと思います。
飯田:「今日はあっちの部署を手伝って」という行き当たりばったりではなく、お客様の予約は1週間先まで分かるので、タイムテーブルを組むことが必要だと感じます。
内藤:施設から相談を受けたときに、私の場合、まず見せてもらうのがスタッフのシフト表です。
しっかりとシフト表が組まれている会社は少なくて、多くの施設では、カレンダーに「出勤日」と「休日」、「早番」「遅番」くらいしか書かれていません。とりあえず固定的に組んで、あとから行き当たりばったりで対応しているケースが多い。そうではなくて、会社全体でどのように動いているかを、もう一度冷静に把握することが大事です。
飯田:そこが私たち旅館にとって大事な部分だと思います。
私はお客様と接する社員によって、旅館の価値が決まると感じています。例えば、裏方の布団を敷く係や、お風呂の清掃スタッフがあいさつをすると、「手を止めてあいさつをしてくれた」と、お客様は感動してくれるのです。
内藤:レストランや旅館の商品は、社員一人ひとりの手や足、口の動きが商品です。社員自身が商品だという意識があまりないですね。
飯田:母の遺品を整理していましたら、1枚の色紙が出てきました。「名もなき宿だが、味と情けで客は鈴なり」と書かれていました。
情けはおもてなし。おもてなしがお客様を呼ぶことを、母も、そして私も大事にしています。
お客様の笑顔というのは、社員の動きや笑顔ですべて決まります。目に見える気配りや、目に見えない心配りが絡み合っていいものができてくると、自分自身にも言い聞かせながら、社員にもよく話をしています。
内藤:飯田女将は、サービスの基本となる「大きな型」と、細かい部分を分けて考えられているのだと思います。お出迎えやお見送りの仕方も、大きな型を持って社員も一緒になって実践されている印象があります。
飯田:私もそろそろ女将人生の集大成に向かう時期ですが、私たちの世代が大切にする「情け」と、後継者や若い世代が考える「合理的」の部分で、感覚や価値観の違いを大きく感じることがあります。そして最近は、どちらの価値観が正しいのか分からなくなることがあります。
内藤:おそらくそれは双方正しいと思います。現場では日々、物事を合理的に判断していくのか、人との関係や情けを重視していくのか、拮抗する場合があります。しかし、情けばかりでも経営は成り立たないし、合理化ばかりでも宿として素っ気ない。判断が必要な場合、最終的には上の人間が決めていけばいいと思っています。
先ほども型の話をしましたが、型があるからお客の動きが見えるわけです。
1つの型を基礎として、予測不能なお客の動きにどう合わせていくべきかと、〝フレキシブルな働き方〟の部分を考える。
型がなければ社員も勝手に動き出し、ワケが分からなくなります。一度、型を決めて固定するとお客の動きが見えてくるので、あとは例外的な処理がどれくらいできるかが、最終的に「情け=おもてなし」になっていくのだと思います。多くの旅館では型を決めないで「お客様のために」と何でもやってあげるので、社員がとても大変になってしまうのです。
飯田:現在、華鳳は170人、泉慶には130人の計300人の社員がいますが、社員が皆、同じ型を持つということがとても大事だと感じています。
――生産性向上について。
内藤:生産性を上げようと、客室係の持ち部屋数を現在の2部屋から、3部屋、4部屋に増やそうとされるケースがしばしば見受けられます。しかし、お客から見ると、商品は悪くなっているだけです。
そうではなく、私は生産性を上げることによって「スタッフ1人当たりの持ち部屋数を減らそう」と言っています。そうでなければ生産性を上げた意味がないからです。どんどん持ち部屋数を増やしていくとサービスが低下し、これによって値崩れも起こってきます。生産性向上によって品質を上げていくことがとても大事です。
飯田:生産性を上げるというのは、「労働時間内に社員のお尻を叩きながらこき使う」という風に誤解されるケースが多いですね。
内藤:スタッフが望む「休日が増える」「給料が上がる」ということも生産性を上げた結果であり、そのためには「品質を上げていく」という視点がないと、旅館もビジネスホテルのようになっていきます。
旅館で最も利益が出るのが宿泊です。このため多くの施設が合理性を追求していった結果、宿泊特化型のビジネスホテルが増えていったのです。しかし、お客は宿泊だけを求めているわけではありません。まずは旅館として、1泊2食というスタイルの中で「情け」の部分の品質をどのようにして上げていくかを、しっかりと考えることが大事だと思います。
飯田:私も本当にそう思います。
内藤:品質が上がっていくとムダがなくなっていきます。社員はラクになっていき、休日を増やせるようになります。また、品質が上がって売上が増えると、人件費が圧縮され、給与面など働く条件が良くなっていきます。
飯田:食材の適正な仕入れと、さらに、ムダに捨てていた食材を有効に活用し、生かすことで、数字の面でも大きく変わっていくことを言い聞かせています。
内藤:お客が満足しているのなら、原価率が低いというのは、調理人の腕がいいということです。手間をかけることによって、原価率が下がった分を人件費に充てればいいのです。逆に、原価率が高いということは調理人が腕をふるっていないということです。
原価率は低い方がいいのですが、原価単価は高い方がいい。つまり、廃棄を減らすなど工夫して、いい米、いい醤油、いい刺身が使えるようになります。
飯田:ムダを削った分で、もっといい食材を使って料理の単価を上げる方がいいと思います。
内藤:食材もまとめて仕入れると巨大な冷蔵庫が必要になり、電気代も跳ね上がります。極論ですが、「冷蔵庫と温蔵庫は人を堕落させる道具だ」と言っています。食材のロスといえば、魚や野菜といった材料を捨てることなどと考えがちですが、一番大きなロスは、お客が食べ残すことなのです。食材費や、調理人の人件費、水道光熱費を使い、仲居さんが大勢で運び、挙句の果てに、大量に料理を捨てることの方が、大きなロスを生んでいるのです。
削れるムダはいくらでもあります。その分、いい食材を使って質を上げ、さらにそれを宿泊料金に転嫁していくことを考えた方がいいと思います。
飯田:大きな冷蔵庫があると、どうしてもついつい蓄えてしまいます。新鮮な食材が古くなり、積み重なった食材は捨てることになります。
内藤:かつての宴会がたくさんあった時代のやり方を引きずりながら、個人客に提供するから旅館は支持を失っているのです。そこの発想を一度切り替える必要があります。
せめて調理の加熱工程だけでもお客に近づけられないか。100人規模の宴会で加熱をお客に近づけるのが難しければ、せめて盛り付けだけでもお客に近づけることができないか。盛り付けも難しければ、上に乗せる添え物だけでも、料理をお出しする直前にできないか。それだけでも見え方が変わってきます。
見え方が変わると、味も変わってきます。乾燥した料理を出していた宿でも、最後に出汁をかける、葉っぱを1枚のせるだけで、見た目も味も香りも違ってきます。現場は「できる」「できない」の2項対立的な議論ではなく、少しずつでもできる努力をしていくことが大事だと思います。
飯田:寝具類などの備品でもそうですね。一度に全館で仕入れるのではなく、フロアごとに2―3年というスパンで納入すると、業者さんも歩み寄ってきてくれます。お客様も来られたときに少しずつ良くなっていくことに感動していただくこともあります。
内藤:業者側も、できるだけ小まめに購入してもらった方がいいのです。まとめて買われても波ができますが、毎年少しずつ買っていくと、業者も、工場の生産も、ピークが崩れラクになっていきます。
前回伺ったときに感じたのですが、整理整頓はものすごく熱心にやられていますね。
飯田:いや、まだまだです。
内藤:飯田女将はいつも表にいるようなイメージがありますが、裏側をよく歩かれていますね。
飯田:バックヤードに宝があるのです。社員や業者さんが通るところを〝裏の玄関〟などと言いますが、経営者はその部分を把握することが一番大事だと思っています。
内藤:これからの旅館経営をどのように考えていますか。
飯田:お客様の満足度を上げること、そして社員の雇用や勤務体制もお客様と同じくらい大事です。
創始者の故名誉会長の飯田正晴が現役時代に、「愛情なくして人は動かず」と申していました。きっと、先駆者たちも通ったであろう道をかみしめ、そのありがたい教訓を私の集大成として生かし、次世代に確かな道しるべとして引き継ぎたいと考えています。
※ 詳細は本紙1668号または4月27日以降日経テレコン21でお読みいただけます。