2019年10月31日(木) 配信

高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客の強い支持を得て集客している宿の経営者と、工学博士で、サービス産業革新推進機構代表理事の内藤耕氏が、その人気の秘訣を探っていく対談シリーズ「いい旅館にしよう!」プロジェクトⅢの3回目は、一の坊(髙橋弘行社長)グループ4宿のゼネラルマネージャーと料理長が登場した。団体型から個人型の旅館へ大きく舵を切るなか、「出来立て料理の提供」を目標に改革を進め、厨房スタッフ全員が表に出て“ライブ感を演出する試み”が宿泊客に高い評価を得ている。
【増田 剛】
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■仕込みをする姿を見てもらう
内藤:一の坊グループは、団体型から個人型の旅館に大きく舵を切ってきました。この改革に着手し始めたのが2016年夏ごろからで、そういう意味では、つい最近のことです。
作並温泉の「ゆづくしSalon一の坊」では、そのころの印象はどうでしたか。
柏原:以前は団体と個人の両方のお客様を受け入れていました。当時は団体客の方が多かったので、調理場の作業としては仕込みを早い時間帯からやっておかなければ間に合わない状況でした。
さらに、食事会場は献立がすべて異なっていたので、盛り付けたものを各食事会場に分別するなど、作業的には大変でした。
内藤:団体と個人客の割合は。
小野寺:団体が5割強、残りの個人は和食が2割、ビュッフェが3割といった感じでした。
柏原:当時はまだ宴会も同時にあったので、仕事に集中することができませんでしたが、今はビュッフェ一本に絞り、当日の宿泊人数に合わせた出来立て料理に集中すればいいため、前準備がほとんどなくなりました。作業的にはとてもラクです。
小野寺:今のビュッフェは、小ロットで出来立ての料理をお客様の食べるスピードに合わせて繰り返し提供するように変えました。
内藤:「料理の種類を絞った方が効率的」という常識的な意見とは反対に「種類を増やしていく」ことも行いました。
柏原:最初は抵抗を感じましたが、お客様から見れば、ビュッフェにはたくさんの種類があった方がいい。料理の種類が多いと、欠品になってもお客様の目が他に向き、スタッフは補充に慌てることもありません。今はメニューを増やす方向で進めています。
ビュッフェも演出コーナーを、「お客様のオーダーを聞いてから作り、出来立てをお出しする」というのが売りになるよう切り替えました。これを大事にしながら、盛り込み料理は季節感を出しながら、小ロットで数多く提供しています。
内藤:演出コーナーは、何カ所ですか。
柏原:6カ所です。スタートしたころはまだ天ぷらも揚げ置きがありました。今はオーダーを聞いてから目の前で揚げるので、お客様は「温かいものは温かく」、「冷たいものは冷たく」食べられ、満足度が上がっているのだと思います。お客様は並びますが、少々待っても「美味しかった」と喜んでいただけるようになりました。
内藤:オーダーを聞いて作るようになったから、お客様はより待つようになったわけですね。だけどクレームはほとんどない。
柏原:ステーキも前もって5枚焼いてお皿に盛り付けて提供していました。それをお客様に何枚必要かを演出コーナーで聞いてから焼くように変えました。そうすると、ステーキは平均3枚ほどしか出ない。「お客様は意外と食べない」ということが分かりました。
小野寺:買ったばかりだったチェーフィングディッシュ(金属皿の下に湯せんなどの熱源がある保温器具)も、すべて捨ててから改善がスタートしました。出来立ての料理にこだわることで、お客様から高い評価をいただけるようになりました。スタッフも仕事の楽しさを感じられていると思います。
振り返ると、当時はチェーフィングディッシュを使うのが普通で、何も疑問を持っていませんでした。ずっと温め続けることで料理の良さは失われるので、以前のようには戻りたくないですね。
内藤:以前はレストラン営業中にメイン厨房(裏側)にはたくさんスタッフがいました。
小野寺:今は厨房スタッフ全員が表に出ています。
柏原:おそらく調理場だけでなく、サービススタッフも含めて、自信を持っているのだと思います。「出来立て料理の提供」という1つの目標を達成するために、皆が色々な試行錯誤をしてきました。まだ100%達成ではないですが、目指すべき目標が見えてきているからだと思います。
内藤:厨房スタッフも積極的にお客の前に出て声を掛けていますね。
柏原:慣れだと思います。表で作業、演出、提供していますので、厨房スタッフの意識は本当に変わってきているのを感じています。
内藤:料理の仕込み作業はどのようにやられていますか。
柏原:魚の水洗いや柵取り、野菜のカットなど下準備だけは裏のメイン厨房でやり、その後の作業は午後4時ごろからオープンするまで表のビュッフェ会場で準備します。
小野寺:このように料理の提供方法を変えたことで、じゃらんのお客様が選ぶ夕食部門で、東北エリアのトップレベルまで評価されるようになりました。
以前は売上だけを目標にしていましたが、今はお客様と、スタッフの満足度向上を目指す視点に変わりました。
内藤:表に出ると、お客から「おいしい」と言われますよね。
柏原:そうですね。お客様の声を直接聞けるのが大きなメリットですし、お客様との会話が増え、皆がコミュニケーションを取れるようになってきましたので、そういった部分でとても進化したと感じています。皆のモチベーションも上がっています。
内藤:食器洗浄機も変えました。
柏原:今はダイニング会場の小さな洗浄コーナーで、すべて洗いきっています。バッシング(テーブルの上を片付ける)したサービススタッフがそのまま食洗器に入れ、乾いた皿をダイニング会場に戻す流れができています。
改革前は、宴会もやっていたので、専属スタッフが複数人いて、午後11時ごろまでかかり、それでも終わらないときは、翌日洗っていました。今は、午後9時に閉店し、10時には洗浄は終わっています。
内藤:遠刈田温泉の「ゆと森倶楽部」はどんな感じですか。
斎藤:「品数と仕込み重視」の仕事から、「ライブキッチンと1皿ごとの料理の提供」に切り替えました。以前は表と厨房の間に壁があり、人やモノの移動で30分くらいの時間のロスがありました。今年の3月にZAOダイニングとしてケヤキ食堂をリニューアルオープンして、壁を撤去してオープンキッチンになり、働き方も大きく変わりました。
仕込みは最低限の下処理だけをして、午後3時に食事会場をオープンさせてお客様がそこに自由に出入りできるようにし、それに合わせて調理人が出勤します。調理する姿もお客様に見てもらいながら、そこで同時に野菜をカットしたものを提供したり、ドリンクを飲んでもらったりしています。調理している場面をお客様に見てもらえるので、料理への安心感も生まれると思います。
内藤:午後3時のオープン時に料理はすべて出すのですか。
斎藤:いえ。ピクルスやチーズなどのちょっとした軽食を出しながら、仕込みをする姿をお客様に見てもらっています。
内藤:仕込みをするところを見せるのは斬新ですね。
斎藤:お客様に見られていることで意識が変わり、仕事がより丁寧になっています。事前の仕込みが減った分、アスパラやオクラなど、採れたて野菜の素材を重視して、カットして生で提供しています。調理人の労働時間も短縮しています。
内藤:このように見ると、必要な「仕込み」と「作り置き」は違いがよくわかります。
三浦:色々と議論したうえで、大きく変えていったのは作業時間の短縮と、「ラップの使い過ぎ」の改善です。
朝食が終わってから、すぐに夕食の仕込みに入り、ある程度完成させて、ラップをかけて冷蔵庫に仕舞う。それを夕方の5時半になったら提供する方式を続けていました。これを作並の「ゆづくしSalon一の坊」と同じように、ライブ感、その場で出来立ての料理を提供するステージをどんどん増やしていくようにしました。スタートした時は正直なところ料理の評価が落ちました。それでもやり続けて、ライブ感のあるステージを増やしていくうちに、OTA(オンライン旅行会社)の評価も高くなってきました。
裏で作業をしていたころは、それは「調理人」としての仕事ではなく、ただの「作業員」としての仕事になっていました。ライブ感のあるステージを用意してあげると、スタッフの笑顔が出るようになり、社内でも会話が増えるようになりました。そういったところがお客様の評価が高くなっていった要因だと思います。
内藤:片付けの時に、台車を使うかどうかで大議論をしたのを覚えています。
台車を表に置いておくと、お客が勝手にお皿を置いていくのでラクだという議論もありました。
三浦:お客様の協力も必要という考えもあったので、そのようなやり方もしていました。しかし、生産性の議論を積み上げていくなかで、最終的に、「お客様がいるところにスタッフを増やしたほうが、生産性が上がる」ことが理解できました。お客様が自ら台車に皿を片付けるのではなく、スタッフが動くことで、バッシングが大きく変わりました。
洗浄コーナーも、台車を使っていると、時間が経ってお皿が乾いて汚れが落ちづらくなっていたので、事前の手洗いもしていました。そのような作業が完全になくなり、労働時間もかなり短縮しました。
お客様との会話が増え、「お皿を下げてもらえるタイミングが良かった」といった声もいただけるようになってきました。
三浦:たしかにこれまでの台車を使うやり方のほうが一見ラクなように見えます。しかし、実際にどこかで食器が溜まってしまうので、食器の渋滞のリスクを負うのであれば、スタッフが食事会場を動いて回って、食器を溜めないほうが生産性が上がることがよくわかりました。色々やってみて、最終的に「足で稼いでお客様の満足度を上げていく」ほうを選びました。
内藤:「だいこんの花」も大議論をしたのを覚えています。
澤:以前はお客様を分散させるために、食事の開始時間を30分ごとに固定していました。これをフリーにすることで、一度にまとまって来られることがなくなり、上手くいくようになりました。
料理も以前はその時間に合わせて作り置き調理していましたが、今はそれもせずに来場されてから調理しています。
朝食も時間をフリーにしたので、以前はオーブンでその時間に合わせて焼いていたものを、お客様のようすを見て焼き物もやっています。
内藤:「食事の時間をお客に聞かない」やり方は抵抗がありましたか。
澤:最初は不安でした。調理場は3―4人でやっているので、一気に来られた場合、対応できるのか心配でした。しかし実際にやってみると、「できるものだな」と思いました。
魚は大きなスチームコンベクションオーブンでまとめて焼くのではなく、 魚を串刺しにして焼き台を使ってお客様に合わせて焼くようにしましたので、お客様に美味しいと褒められます。
だし巻きたまごもお客様がテーブルに着いてから焼き始め、それと合わせて他の料理もそれから出すようにしています。以前は多くの料理をお膳でまとめて先に出していました。
内藤:出来立てを提供するようになってから接客するスタッフにも変化があったと聞きました。
佐竹:サービススタッフも夕食は1品出しをしているのに、朝食はお膳、魚、だし巻きたまごなど、セットで持っていかなければならないという感覚がありました。何回も席に入らずに、1回で持っていくというスタイルでした。それが大きく変わり、お客様がいらっしゃってから、焼き魚やだし巻きたまごができ上がったらすぐに持って行く。「出来立てを提供するためにお客様の席に何回行ってもいいのだ」という感覚に変わってきました。
かつて、チェックインのときに、「夕食の時間を何時にしますか」「〇×時は混み合っています」といった会話をしていました。これを止めて、食事の時間をお客様に聞かないフリーに変えるときは、調理場と同じでサービス側もやはりすごく怖かったですね。
当館は一の坊グループの中でも宿泊価格が高いので、お客様が求めていることも高いはずで、「待たせるなんてありえない」という意識もありました。しかし、実際にやってみると、「待たされた」と不満を持たれるお客様はほとんど印象にないくらいです。今となっては以前のやり方には戻りたくないですね。
内藤:旅館はお客を待たせることをとても怖がりますが、そのために料理を作り置きするということは、「不味くてもいい」と言っていることと同じだということです。「待たせてはいけない。だから作り置きをするのだ」というのは、言葉を変えると、「待たせないために、不味いものを提供しても良い」ということなのです。
「待たせない」ことと、「美味しさ」のどちらが大切かを突き詰めていくと、できたものから小まめに提供すると、お客は来たものから食べるので、結局は待たせていないことになります。
それから、当時は、お客が夕食を食べ終わったらダイニングの営業を終了していましたね。
佐竹:かつては夕食の時間をお客様に聞いていたため、1組でもゆっくりとお酒を飲まれていたらダイニングは営業をして、スタッフは帰ることができませんでした。今は食事の時間をフリーにしたことで、逆にダイニングの営業時間を設定することができました。
それで、「ダイニングは夜9時まで」と決めました。コース料理の最後のデザートをダイニングで提供していましたが、ロビーに場所を移してケーキの種類も増やしてお客様に選んでもらえるようにしました。これによってサービス係も「このあとはロビーでデザートをゆっくり楽しんでください」と、お客様に声を掛けやすくなり、1日の仕事の終わりの時間を明確に定めることができるようになりました。
内藤:「デザートの種類を増やしてお客に好きに選んでもらったらいい」と言うと、必ず「原価が上がります」と答えます。実際どうですか。
澤:食べないお客様もいらっしゃいますし、そんなに変わらないと思います。
内藤:そうだと思います。全員に同量だと、食べたくないお客にも押し付けている面もあるということです。逆にもっと食べたいお客に我慢を強いているのです。むしろお客に委ねた方がいい。種類が増えれば好きなものを選べるので、原価が上がらず満足度だけが上がります。無くなったら、「無くなりました」と言えばいい話です。
佐竹:当初は色々ムダを省いて、「省いた分だけ早く帰ろう」という部分に一生懸命でした。そのうちに、ムダを省いた分を、違うところで「支持されるサービスをやろう」という意識に変わっていきました。
具体的には、デザートの種類を増やしました。また、朝食の後は、セルフサービスのコーヒーマシーンをお客様が自分でボタンを押していましたが、ハンドドリップで淹れるように変えました。
このようなことを始めたからこそ、宿泊単価を上げることも可能になりました。若いスタッフも多く、フランクにお客様と「接点が持てる場所」を増やしています。
お客様との接点が増えることで、滞在中にお客様の不満も聞きだすことができるので、滞在中に解決できるケースが増えてきました。「(この行為は)お客様に評価されるのか」がそれぞれのスタッフの考えの根底にあります。
内藤:マーケティングの視点から見て、変化はありますか。
吉川:これまでは「お客様が宿に来られてから楽しんでもらう」というスタイルでしたが、今は来られる前にお客様へさまざまな情報を発信しています。
「私たちはこういう風に取り組んでいます」と、SNS(交流サイト)なども活用して、現場の情報をすべて外に発信しています。
お客様も親近感を感じていただき、ファンの方も増えてきました。単価が高いため、少し敷居が高い印象を与えていた面もありましたが、今はお客様の声を見ても、身近な存在に感じていただいているようです。積極的な情報発信によって、「品質の良いものを提供していること」が伝わってきていることも大きな変化だと思います。
内藤:不満とは「事前期待に対するギャップ」です。事前期待に比べて良ければ、「思っていたよりも良かった」と満足する。事前にきちんと情報を提供できていれば、お客は期待と、実際にやっていることを前もって合わせてしまう利点があります。
――生産性についてはどうですか。
佐竹:当初は、宿泊単価の一番高い「だいこんの花」の日々計算される人時生産性が4営業所の中で一番低かったのです。ムダな労働時間がたくさんあることが悔しくて、スタッフに早く上がるように言ってもなかなか帰らない。それならば宿泊料金をもっと上げなければ追いつかないと思い、宿泊単価を上げていきました。人時生産性は、当初は4千円台から6千円台まで上がり、最高で9千円になるほどになりました。
内藤:生産性と効率化はしばしば混同されます。効率化を一生懸命やれば、労働時間を減らすことはできます。この「人時生産性」というのは、単純に粗利益を労働時間で割っただけのものです。粗利益が増えれば、生産性は上がります。生産性を上げるということは、「売上が増える仕事をムダなくやる」ということです――。つまり、「売上が増える仕事ならどんどんやろうよ」「売上につながらないのならやめようよ」ということです。
繁忙期には残業をして、閑散期には「早く帰る」など、しっかりとシフトコントロールをすべきだと考えます。「だいこんの花」は、その考え方がしっかりと定着していったのだと思います。
単価アップ、生産性の向上へ、現場では何をやられたのですか。
佐竹:お客様の夕食時間を聞かないことがスタートでした。また、デザートをロビーで提供することで、館内のサービスの時間を明確にし、労働時間をコントロールできるようになりました。それまでは作業の流れはお客様次第でした。今も「お客様第一」ですが、サービスを明確にし、全従業員がそれに沿ってお客様に説明できるように現場を整えていきました。最終的に、最低限の人数で館内の業務を正確に回せるようになりました。
内藤:「松島一の坊」は、当時はまだ宴会をやっていましたね。
川村:宴会、料亭、イタリアンレストランなどがありました。当時の調理人は18人ほどで結婚式、法事もありました。ランチも営業していましたので、「少ない人数ですべてを時間内で収めるにはどうしたらいいのか」と私なりに一生懸命考え、改善していました。「さらに良くしていくにはどうしたらいいのか」と悩んでいました。
畠山:当たり前にやっていたことがすべて覆されました。買ったばかりの朝食ビュッフェ用の9マスプレートもすべてやめて、丸い陶器のお皿に変えました。食材の小ロット発注も始めました。それまでは心配なので大量に発注して、物をたくさん倉庫や冷蔵庫に抱えて安心したがる傾向にありました。
小ロットで小まめに発注するようになって最初は不安でしたが、逆に日々発注することで欠品もなくなり、働くスタッフの気持ちが「小ロットのほうがいいよね」と変化していきました。
夕食時間を聞かないのも、「お客様が並んだらどうするんですか」とマイナスの面を心配するスタッフもいました。何でもそうですが、身をもって感じることが次につながり、働くスタッフも楽しくなってくるのが大きく変わった点です。
内藤:9マスプレートをやめたのは大変だったのですか。
畠山:団体客がまだ多く、毎日300―400人の食事会場で、当時は朝食の洗浄室に6人スタッフがいました。台車でトレイを洗浄室に運んでいたのですが、台車をやめたら高齢のパートタイム社員も大変だなと思っていました。
しかし、社員が小まめにバッシングするようになって、洗い場の棚も撤去し、少しずつ使いやすくするうちにスムーズな流れができるようになりました。今でも改善が良い方向に進んでいます。
内藤:夕食は一時期2部制にされましたね。
畠山:良かれと思ってやってみましたが、逆に大変でしたので止めました。お客様に時間を事前に聞かなければならないだけでなく、指定の時間に100―200人のお客様がどっと来られます。入り口に長い列ができ、「この時間に来いと言われたのに、何でこんなに待たせるんだ」と怒られました。スタッフは萎縮して謝り、悪循環ばかりでした。
フリーに変えることで、お客様は自由な時間に絶えることなく来られるので、お客様に合わせてバッシングし、洗浄した皿をまた会場に戻す回転も実現する良い循環に変わっていきました。
内藤:お皿が会場と食器洗浄機の間を回転するので宿泊人数よりも少ない皿数で足ります。9マスプレートを大量にそろえていたのは、まとめて洗っていたのでお皿が回転していないためです。
以前のやり方では、バッシングしてもどこかに収納作業もしなければなりませんし、大型の食器洗浄機やそのための広い場所も必要になります。
今は小さな機械で十分なので、食事会場の近くで食器洗浄できます。そうすることで、洗うとすぐに食事会場に戻す流れができます。さらにこの流れを強化するにはどうすればいいのか。
それは、「皿の数をもっと減らす」ことです。そうすると表のスタッフは「皿がない」と慌てるようになり、「早く洗ってくれ」と洗浄コーナーに食器をどんどん持って来て、洗い終わった食器を表に持って帰ります。「お皿の数を減らして回転を上げていくこと」を考えることが大事です。
多くの旅館はわかっていないのですが、食器洗浄で一番大変な作業は、洗った食器の棚入れです。とくに和食器は色々なサイズや形のものがあって、この作業さえなくなれば、ものすごくラクだと感じるほどです。丈の高い食器などは、重ねれば重ねるほど傾いて破損しやすくなります。だから、厨房、会場、洗浄の各コーナーを食器が淀みなく流れていくようにする工夫が大事です。
川村:9マスプレートを止めたときに、仕入れ原価が不思議と下がりました。9マスあると、それほど食べたくなくても、埋めてしまう心理作用が働いて、すべて埋まるまで席に着かない。
内藤:残食も減り、ロスを減らしたのですね。ロスはその食材だけでなく、それに投入した人件費や光熱費も一緒にゴミ箱に捨てることです。
川村:お客様が来たら魚を焼くというようなことはやっていましたが、「魚を切っているのもお客の前でやったらどうか」との提案に、「なるほどな」と思いました。それが、料理長厨房ビュッフェ「青海波」の「お客様に、今一番美味しい料理を召し上がっていただきたい」というコンセプトにつながっています。
朝食も以前はパートタイム社員を中心に料理を作り置きしていましたが、出来立てを出すように改善しました。ジャムの種類を何種類もそろえることで、お客様に選ぶ楽しみを提供しました。
当時、調理場の労働時間の短縮は一番の悩みでした。出来立て料理を出すためのさまざまな改善を続けたことで、逆に出勤時間を遅くできましたし、実働時間は今では8時間を切っています。
このような取り組みで最初にやったのは、やらなければならない仕込みと、やらなくてもいい仕込みを分けました。仕込み2割、お客様が来てからやるものを8割に変え、労働時間を短縮し、料理の新鮮さを重視しました。
内藤:多くの旅館では、「在庫がなぜ悪いか」を理解しているようで理解できていません。在庫はどうせ使うことにもなりますし、それがあると慌てないので安心もできます。しかし、何かをどこかに保管すると、保管や運搬のための作業をしなければならない。保管すると品質上の問題が出てきます。色々なムダな作業を生み、現場の作業負担を増やしてしまう。そこで、こちらでは「冷蔵庫とラップのない旅館をつくりたい」をキャッチフレーズに改善を進めてきました。
冷蔵庫が必要なのは、作業のタイミングが合わないからです。
川村:おっしゃる通りです。以前は、魚屋さんが午前9時半ごろに運んでくる生ものを冷蔵庫にしまわなければならないので、その時間に合わせて出勤していました。
そこで、魚屋さんと交渉して正午ごろに来てもらうようにしました。これに合わせて昼ごろに出社していますが、もっと遅らせて午後2―3時でも大丈夫だと思っていますし、これによってメイン厨房にあったたくさんの大型冷蔵はまったく使わなくなりました。
心配なのかスタッフが早く来て作業してしまうこともあり、出来立て料理の提供を徹底していくことが課題でもあります。
内藤:一の坊グループは、就業規則も変えました。
高橋(勝):全体に浸透できているかと言われると、まだまだな部分があります。「ゆと森倶楽部」はあらかじめ短い勤務帯に設定し、そこからのシフトの延長で対応しています。「だいこんの花」は、勤務時間はそのままに、その中身を見直しています。作並温泉の「ゆづくしSalon」では、よりマルチ体制を進めていくことで、時間の短縮をしているなど、それぞれの営業所の特徴が出てきています。
内藤:就業規則を変えると、働き方にも大きな影響を与えます。
高橋(勝):いずれの営業所も、残業時間はほぼありません。週休2日を取れない週はしっかりと割増賃金を支払うことで対応しています。以前は変形労働時間制、みなし残業制でしたが、今はしっかりシフトを組むようにしたことで、みなし残業時間分を基本給に繰り入れました。
――今後の進化について、各館に伺いたいと思います。
佐竹:「だいこんの花」は、シフトを作るうえで一番の目安としているのは、当日のお客様の人数に対してスタッフを何人配置するかという点です。昔からシフトは7時間45分で組んで、今もそうしていますが、この3年間に生産性を高めていった結果、7時間45分よりも短い時間で仕事が終わっていくようになりました。一時期は「早く終わったのだから早く帰る」ことを徹底していましたが、今は「早く帰るよりも、勤務時間7時間45分の中でお客様が喜んでもらえることを見つけて、仕事をやりたい」という声も出てくるようになりました。
旅館の外に出て、地域のワイナリーとコミュニケーションを取ってPOPづくりをしたり、クラフト市に行って、ショップの商品を見つけてきたり。生産性を高めて空いた時間に、「お客様に喜んでもらえる仕事を作り出す」ことで、新しい宿の魅力を出していこうと考えています。
三浦:「ゆと森倶楽部」全体を見て、料理で成功してきた部分は、ライブ感のあるステージをきちんと確立したことが、調理スタッフの大きな成長につながったのかなと思っています。料理だけではなく、サービス側も成長できるステージを準備してあげることが大事だと考えています。
小野寺:「ゆづくしSalon一の坊」では自然の中でアクティビティーや地元の食材を使った料理を提供しながら、お客様と社員の両方が楽しめる環境を作っていきたいと思っています。
畠山:「松島一の坊」では、スタッフが生き生きと働ける職場環境と、お客様とのつながりを大切にしていきたいと思っています。松島は観光地なので、全国から気楽に来ていただいて、地域にも愛される場所になっていけばいいのかなと思っています。
食事はビュッフェ一つでやっているので、新しい提案やアイデアを川村料理長はじめ皆で一緒に考えています。少しずつ進化して、最終的には、皆が和んで「おうちに来たような感じになれば」と思い描いています。
高橋(勝):各営業所で働き方の効率化や、客室単価を上げる努力、生産性を上げるさまざまな取り組みを行っています。休日の数も増え、繁忙期の年末年始に料理長が有給休暇を取得したり、休館日に合わせて海外旅行に行ったり、大きく変化していることを感じています。
お客様に来ていただくことはもちろんですが、働くスタッフの幸せと会社の利益を実現して、それを社員に還元し、またお客様に楽しんでいただけるように投資していく。最大値を求めるのではなく、私たちに合った最適値を常に求めていくことが大切だと思っています。
内藤:離職率はどうですか。
高橋(勝):3、4年ほど前は10数人採用して年々少しずつ辞めていっていましたが、この3年で新卒採用者の離職者はゼロです。また、通年採用で常に門戸を開いていますので、これまで以上に個性的な人材が集まるようになりました。今後は一人ひとりがチャレンジできるように、運営に最適な人数よりも、全社的に従業員の満足度を高められる人員体制を目指しています。
内藤:チャレンジとはどのようなイメージですか。
高橋(勝):各人が自分の将来のビジョンを叶えるために持っている、「この店で挑戦していきたい」「こんな役職に挑戦したい」という気持ちを会社が支援し、トライできる機会を作っていく。人事異動や他店研修に行くなど、積極的に会社は支援していきます。
――高橋人事部長はどのような感想を持たれましたか。
高橋(秀):「しよう」「つくろう」といった強い意思が大事だと感じました。「怖くてできなかった」「不安な部分があった」「変えたいけど躊躇していた」部分の意識が変わっていったことを感じています。これらの意識の変化によって、松島一の坊の「青海波」が生まれました。
また、「魅力ある楽しい一の坊」を目指して、皆が意識を共有し、課題を解決していく社風が浸透してきているのを実感しました。
――「品質向上 働き方改革支援役」の工藤さんはいかがですか。
工藤:私は一の坊に加えていただいて2年ほどですが、労働時間を圧縮できたことは大きな成果の一つであり、休みの取り方も大きく改善されています。年間休日数105日は全員が取得できています。2年前は、まだまだできていない部分もありましたが、皆さんが改革を進めてくれました。昨年は、作並温泉の「ゆづくしSalon一の坊」は社員全員が有給休暇3日以上を取得できました。今年は有給休暇5日間以上の取得を、全員で達成できるように取り組んでいます。
内藤:生産性向上とは効率化で労働時間を絞っていけばいいというのが一般的なイメージとなっています。ムダを削り、長時間労働を短縮していくことは大事ですが、基本は、生産性とは「売上をどうムダなく作るのか」ということだけです。佐竹さんがおっしゃったように、「お客様が喜ぶことをもっとやろう」という考えが生産性向上にとって、もっと大事なことです。
厨房では「仕込み」と言いますが、お客にとっては「調理」です。お客から見えるところでやることで価値ある作業に変えていくことができます。お客様、従業員、会社にとっても良いという 21世紀に求められる旅館経営モデルが一の坊グループでできつつあると感じました。
――ありがとうございました。
【全文は、本紙1774号または11月8日(金)以降日経テレコン21でお読みいただけます。】