3月11―14日、「旅と温泉展」、新宿駅西口広場

 日本温泉協会は3月11―14日までの4日間、東京・新宿駅「西口広場イベントコーナー」で第55回「旅と温泉展」を開く。

 情報コーナーでは、全国の温泉地や会員施設、秘湯の湯、国民保養温泉地などを紹介。今回は「温泉で日本を元気に!」をスローガンに掲げ、東日本大震災やその風評被害を受けた温泉地の復興を目的に、元気に復興しつつある温泉地の姿も紹介する。抽選会や景品配布なども日替わりで行う予定。

 時間は午前10時―午後8時で、最終日は午後5時まで。入場無料。

 問い合わせ=電話:03(5941)8610。

海外増補版を策定、ツアー登山ガイドライン(JATA)

 日本旅行業協会(JATA)はこのほど、海外での安全・安心なツアー登山運行のため、「ツアー登山運行ガイドライン 海外企画関連・増補版」を策定した。

 日本山岳ガイド協会と全国旅行業協会(ANTA)、観光庁と協議・検討を重ね、国内のツアー登山運行ガイドラインのなかに、海外特有の事例を15カ所挿入し、増補した。

 同ガイドラインでは、現地ランドオペレーターの選定時に、より詳しく深い知識があることの確認や、現地ランドオペレーターが実地踏査する場合でも自社で実地踏査方法やその結果について充分に把握しなければいけないことをうたう。そのほか、募集段階での適切な情報提供や危険の告知、危急時の連絡方法、適切な保険への加入促進なども明記。登山ガイドの資格制度は国ごとに多岐にわたるので、充分な事前調査の必要性も強調した。

 JATAでは、会員自社で総点検してもらうよう、年に1回、自主点検表を配り、安全・安心の徹底を推進していく。

【震災から2年 現地レポート 4】〈南三陸ホテル観洋 女将・阿部憲子さん(あべ・のりこ)に聞く〉

ホテル観洋の語り部バス。防災庁舎の前で 案内する予約課の伊藤俊さん
ホテル観洋の語り部バス。
防災庁舎の前で 案内する予約課の伊藤俊さん

全国から集う働き手に新風を感じて

 あの日から2年が過ぎた。普段は視察を中心に住民への見舞客などでにぎわうホテル観洋には、この時期、三回忌のために訪れる人々の姿が目立つ。日曜日でも満館だ。南三陸町全体の復興はまだ遠い。しかし、町の一部であるホテル観洋では、自分たちでできることを次々に取り入れ、前進している。
<取材・文 ジャーナリスト 瀬戸川礼子>

≪◆ホテルスタッフが被災地を案内する語り部バス≫

 毎朝8時45分になると、ホテル観洋から町へ向けたマイクロバスが発車する。甚大な被害をこうむったエリアを60分かけて巡る「語り部バス」(1人500円)だ。自分の目で景色を見て、感じて、語ってもらうために今日も走らせている。

 運転手と案内役は観洋のスタッフ。8人が輪番で行っている。波の高さなど数値は統一しているが、説明内容は各自の体験に委ねている。参加者は冬は30人くらい。夏季や観光シーズンには100人にのぼり、バスを3台出すこともある。当初は、予約がなければ運休するつもりだったが、これまで走らせなかった日はない。

 朝の忙しい時にスタッフを取られるのは厳しいはずだが、「震災直後から風化の危機を感じていました」という女将の阿部憲子さんを筆頭に、「語り継いでいこう!」と共通の志で行われている。自分たちだからこそできることでもあるのだ。

 実は、南三陸町観光協会では「学びのプログラム」として10人以上から運行する視察バスが人気を博している。

 しかし、個人客が視察する機会は少なかった。個人がタクシーを1時間利用するのは負担が大きく、ホテルから出ずに帰ってしまう人もいた。そもそもタクシー車両が流されて不足しているうえ、語り部タクシーとしては商品化されていない。

 そこで、ホテルでバスを出すことにしたのだ。阿部さんは語る。「お客さまのようすからも必要性を感じました。タクシーを手配する際に行き先を尋ねると、言い難そうになさるのです。『被害の大きい場所を見たい』とは言えないんですよね。でも語り部バスがあれば、気兼ねなく現地を見ていただけます。お客さまには360度の景色を実際にご覧いただいて、風化しないために語り継いでいただきたいのです」

 語り部バスを始めるに当たっては勉強会を重ねた。試運転では地元のシニア語り部や観光協会のスタッフにも乗ってもらいアドバイスを得た。双方は競合ではなく、互いに南三陸町の現状と未来を伝える同志なのだ。観洋の語り部バスを降りた後、改めてタクシーを呼び、30の仮設店から成る「南三陸さんさん商店街」へ足を伸ばす人もおり、それぞれが補完し合う状況といえる。

 参加した人からは、「やっぱり自分の目で見ないとわからない」、「参加しやすかった」との声が挙がり、来館のたびに2度3度と乗る人もいる。

 渡邊陽介ネット販売係長(30)は、案内人の1人。1年経って、話す内容が変化してきたという。「はじめは説明が多かったですが、いまは人の思いや未来の話、役立つ話をします」。

 渡邊さんが語り部バスで伝える「戸倉小学校」の話を紹介しよう。

 震災の2日前に大きな地震があった。子どもたちは普段通り屋上に避難したが、その後の職員会議で若い教師が提言した。「本当に屋上でいいんですか?」。学校側はその日のうちに、もっと安全な避難場所として高台の五十鈴神社を定める。翌日、つまり震災の1日前に神社で避難訓練もした。そして当日。波は、屋上のさらに5㍍上まで到達したが、高台の神社に逃げた生徒と教師は全員無事だった。

 「若い先生の勇気ある発言は素晴らしい。当たり前のことを『これでいいのかな』と気付く大切さを教わります」

 渡邊さんは続ける。「辛い話は、自分的にはもういいかなって感じです。勉強になったり、元気を与えられることを語りたい」

 一番明るい話題は渡邊さん個人の話だろう。「昨年6月に第二子、男の子が生まれました。仮設からも新しい命が生まれて育っていくんだということを伝えたい」

≪◆各地から集ったスタッフがもたらす新しい風≫

 若者の流出が課題の南三陸町。ホテル観洋も求人が集まらず、創業40年で初めて、人材派遣会社に依頼することとなった。地元の雇用に貢献できないジレンマがあろうが、思いがけないメリットも生まれた。「自らここに来る人は前向きなんですね。新しい風を感じています」(阿部さん)。

 今年1月に沖縄からやってきた当間菜津美さん(25)は、地元で接客業をした後、ホテル観洋に就職した。「沖縄は被災地から一番遠いのですが、できることはないかなと思っていました。もともとホテル志望でしたし、今回ここに来られてよかったです」。震災後、当間さんのように東京、神奈川、新潟、奈良、大阪、広島と、遠方から働きに来てくれる人が増えた。

 彼らが持つ南三陸町の印象は共通している。「一緒に働く人の中にたくさん被災者の方々がいるのに、思った以上に明るくて、自分のことを気遣ってくれること」だ。「もっと過酷なのかなと思っていましたが、寮もありますし、人は温かいですし、不自由はありません。雪も気持ちよくて好きなんです」

 顧客に震災のことを尋ねられると、当事者ではないことに引け目を感じるそうだが、「沖縄から来ました」という言葉が新たな会話を生んでくれる。「以前はマニュアル的に接客していましたが、いまは人の心に寄り添うことを意識します」と当間さん。

 女将の阿部さんは新しい風を素直に喜ぶ。「社員の表情が明るくなりましたね。仲良しが都会に出てしまって寂しい思いをしている社員たちにとって、遠くから働きに来てくれた方々は本当にうれしい存在なんです」

 前出・渡邊さんも、「外の目線を持った人が来てくれている」と歓迎する。

わくわくミーティング。隊長の女将・阿部憲子さんも一緒に。右隣は渡邊陽介さん
わくわくミーティング。
隊長の女将・阿部憲子さんも一緒に。右隣は渡邊陽介さん

 最近、「わくわくミーティング」なる企画会議を始めた。従来からの5人と、外からの新しいメンバー5人で若手中心。女将の阿部さんが隊長だ。「わくわくすることをホテルでやりたいね」が合言葉。

 外からのメンバーはこんなことを口にする。「朝、起きて雪だとめちゃめちゃわくわくする!」、「雪合戦しました!」。何年も南三陸に暮らすスタッフには考えも寄らないが、「そうか、雪にわくわくするんだ。お客さまもわくわくしているのかもしれない」と視野が広がる。「近々、雪合戦をやりますよ。まず、スタッフがわくわくすること。すると、お客さまもわくわくしてくれると思うんです。新しいメンバーのお陰で、当たり前に思っていたことが新鮮に思えてくる。ありがたいです」(渡邊さん)。

≪◆これまでにない利用の仕方が増える。多様化するホテルの役割≫

 阿部さんは、ホテルの使われ方が多様化していると感じる。たとえば、仮設住宅を見舞う人が観洋に泊まる。あるいは別の被災地で仲良くなった被災者とボランティアが休暇で観洋に集う。朝のお見送りで手を振るスタッフの中に、地元住民が混じっている。

 「いままでなかった光景ですね。住民の方が『遠くに親戚がたくさんできたみたい』と言うのを聞いて、心が温かくなりました」(阿部さん)

 建物が消え失せ、困り果てている地域に観洋があることで、食事の場、宿泊の場、集う場、語り合う場が提供できる。

 「ビジネスだけではない社会的な役割を担っていけたらと思いますし、被災地だからではなく、商品サービスで選ばれることを大切にしていきたいです」

 あれから2年が経ち、阿部さんは依然として休みなく働いている。芯の強さには頭が下がるばかりだ。

 現状を嘆くよりも前に進む。すべての物事に陰と陽が存在するなら陽を見つめていく。リーダーの心根の持ちようが未来を決めるとすれば、ホテル観洋の向かう先は明るいと決まっているようなものだ。

耐震改修法改正案提出へ、全旅連が見直し訴える

(左から)東京都旅組の今井明男理事長、佐藤会長、小原前会長
(左から)東京都旅組の今井明男理事長、佐藤会長、小原前会長

 2015年末までに耐震診断と診断結果に基づく改修を義務付ける「耐震改修促進法」の改正案が2月27日、自民党国土交通部会で了承された。同改正案は、3月15日を目途に国会に提出される予定だ。

 全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(佐藤信幸会長)は翌2月28日、同改正案についての会合を開き、「あまりにも性急な話で、旅館業界にとっては死活問題だ」と述べ、改正案の見直しを訴えた。全旅連は、(1)補助金制度について、国と都道府県が事業者の負担を最大限軽減すること(2)耐震診断の結果公表の期間延長――の2点の要望を出した。

 同改正案は、旅館やホテル、病院、店舗などの5千平方メートル以上の大規模施設を対象とし、現在の耐震基準を定めた1981(昭和56)年以前に建てられた建築物の耐震化促進が目的。耐震診断の結果に基づく改修指示に従わなかった場合は、施設名が公表され、診断拒否や結果を虚偽報告した場合には、100万円以下の罰金が科せられる。

 支援策として、耐震対策緊急促進事業の追加予算、国費100億円(2013年度予算案)が補助金にあてられる予定だが、地方公共団体(市町村)により補助金制度の有無も異なり、地域格差が生じる問題がある。

 耐震診断の費用については、約5千平方メートルで600万円程度、耐震工事は、2―3億円の間ではないかと明確な数字は避けたが、事業者負担は、耐震診断が最低6分の1から最大3分の2、耐震工事は33・4―88・5%と補助金制度の有無で大きな差が出る。佐藤会長は「少なくとも、国と市町村が補助金制度について一律化してから立法するべきだ」と指摘した。また、全旅連前会長の小原健史特別顧問は「2、3年で耐震工事の完了まで促す法案は、現場感覚としては考えられない」と語った。

 全旅連では、「耐震改修促進法」の改正案の必要性は充分理解し、反対の立場ではないと強調しながらも、短い期間での義務化を問題視。施設名の開示は営業的な影響が大きいと訴えた。

佐藤機長が要望
佐藤機長が要望

 3月7日、自由民主党本部で2013度第2回自由民主党観光産業復興議員連盟総会と、支部長会議が合同で開かれた。

 全旅連は自民党に対し、要望書を提出。同書に対し、国土交通省住宅局の井上俊之局長は「改正法案に施設名公表の期限は明記していない。耐震診断の義務が2015年までとあるのみ」と話し、施設名公表の期限は法案に盛り込まないことを確認した。

【次号で詳細】

ツアオペ認証制度開始、品質高め、外客増加を(JATA)

 日本旅行業協会(JATA、菊間潤吾会長)はこのほど、インバウンド事業において、旅行先での宿泊施設や食事、交通手段などの手配を行うツアーオペレーターに対して、その品質を保証するJATA「ツアーオペレーター品質認証制度」を始めることを発表した。申請の受付は4月1日から。

 激化する価格競争により、価格重視で低品質のツアーや、消費者保護とコンプライアンスを軽視する業者が見受けられるようになり同制度導入が検討された。認証業者が増加することで、海外へ訪日旅行の品質の高さをアピールする。訪日旅行者に安全・安心で良質な旅を提供し、リピーター化を通じ訪日旅行者の増加を狙う。

 JATAの長谷川和芳事務局長は2月27日の会見で、「激化する価格競争で低品質の商品も見受けられ、観光立国にマイナスとの指摘が多くあった。訪日旅行客増加へ向け、高品質の商品を増やし、安全・安心な日本の正しい魅力を発信していきたい」と語った。

 弁護士や大学教授などの有識者、行政関係者で構成する認証機関「品質認証審査委員会」を立ち上げ、(1)企業の法令遵守(2)品質管理とサービス水準(3)CSR(企業の社会的責任、環境配慮、社会貢献活動)――の3つの観点から品質を評価し、所定の基準を満たした優れた事業者を認証する。法令遵守は、自社だけでなく手配先の事業者にも求められ、品質管理とサービス水準は、安全・安心を徹底し、緊急時に備えた体制作りがポイントになる。CSRでは、ムスリムへの対応など宗教・民族・文化などの多様性に対する最大限の配慮や、企業の社会貢献活動への積極性も評価基準となる。

 対象は、日本で旅行業の登録があり、プライバシーマーク取得済みか、1年以内に取得予定の業者。4月1日から第1期の申請受付を開始し、6月1日に第1期の認証会社を紹介。7月上旬に第2期の受付を開始する。認証審査は年2回実施し、認証の有効期限は3年。 

【特集No.334】越後湯澤 HATAGO井仙 “ブラックボックス”を作らない

2013年3月11日(月) 配信

 高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客様の強い支持を得て集客している旅館がある。なぜ支持されるのか、その理由を探っていく「いい旅館にしよう!」プロジェクトのシリーズ第10弾は、新潟県の「越後湯澤 HATAGO井仙」の井口智裕社長が登場。産業技術総合研究所の工学博士・内藤耕氏との対談で、旅館経営者として「ブラックボックス」を作らず、「見える化」によって社員と信頼関係を築いた経験や、生産性向上への取り組みなどを語った。

【増田 剛】

 内藤:井口社長は、私と考え方がすごく近く、マルチタスクやアイドルタイムの有効活用など旅館の生産性向上に早くから取り組まれている経営者。どのような経緯でそのような考えに至ったのか、じっくりとお話を聞かせてください。

 井口:越後湯沢温泉の歴史はとても古く、鎌倉時代に遡る温泉地ですが、今の越後湯沢温泉のかたちをつくったのは昭和になるころです。湯沢は陸の孤島でしたが、新潟と群馬を結ぶ清水トンネルの工事が行われ上越線が開通するというので駅前に「苗場館井仙」という宿を作りました。
 1982(昭和57)年に新幹線が開通してから越後湯沢はバブルになるわけです。スキーブームもあって、「東京都湯沢町」と言われるくらい、さまざまな資本も入り、スキー場開発も行われました。3代目の父がビルのような建物にして「湯沢ビューホテルいせん」という名前でスキー客を中心とした営業スタイルで経営していました。
 91―92年をピークにご多分に漏れず右肩下がりになってきました。私が大学を出て戻ってきた95年ごろに家業を継ぐのですが、スキー場特化型の駅前温泉ビジネス旅館でしたので、どんどん売上げが落ちていくなかで「どうしたらいいか」を考え、営業に行ったり、キャラバン隊のようなこともいろいろやりました。しかし、結局お客さんは来ない。10畳の和室が20室あるだけで付帯施設がまったくなく、お土産屋さんとレンタルスキーをやっているコンビニエンスな駅前旅館というだけで、特徴が何もない宿でしたから。
 私が最初に手掛けたのは、「同級会プラン」というものでした。ウインドウズ95が出るころで、まだパソコンで案内状を器用に作れる人があまりいない時代でした。もともと湯沢には宿泊の同級会のニーズがありました。新潟では次男坊以下が東京に就職する人が多く、若いころは実家に帰ってくるが、定年近くになると、親もいないので実家に帰りづらく、「どこかに宿泊して同級会を開く」には湯沢がちょうどいい場所にあったのです。そこで同級会プランに特化していこうと、駅前ビジネス温泉旅館から小規模団体旅館にシフトしました。そこでやったことは案内状をすべて無料で代行発送し、宴会場を夜中の12時までフリーにして飲み放題にしました。同級会の翌日の周辺観光バスの案内もオプションにセットして行い、平日は1万5千円、土曜日は1万8千円。さらに同級会の幹事さんにはマニュアルを作りました。
 同級会は幹事のリスクが大きいのです。初めて幹事を任されても、旅館の料金も分からないし、人数が集まらなかったら大赤字になる。そのリスクもすべて宿が持ちました。幹事さんから名簿を預かり、私は「同級会プランナー」として10年で延べ800件ほど受け入れました。同級会プランをスタートしてからHATAGO井仙をやるまで売上げはずっと右肩上がりになりました。でも、このプランはいずれどこかの旅館に真似されるだろうと思っていました。
 HATAGO井仙を作る一番のきっかけとなったのは、自分が大学を卒業して旅館に帰ったときにものすごく大きなミスマッチを感じたことです。おもてなしといってもベルトコンベアのようにお客様を送り出すだけで、お客様の方はまったくおもてなしを感じていない。そして、旅館の料金体系も納得できませんでした。なぜ子供は30%引きで、夕食無しが20%引きなのか。どういう原価計算が算出根拠となっているのか、はっきりしません。雑誌を見ると1万2千円と書いてあるのに、インターネットで検索すると9800円になっていたり。きっちりと旅館の料金の根拠を言えるところは少ないと思います。このように、ずっと旅館業界の矛盾が心の中にひっかかっていました。
 一方で、旅館は世界に類のない宿泊業態で、本来ならもっと海外のお客様に支持されていいのに、外国人の旅行者は残念ながらホテルに宿泊している。旅好きの人の旅のスタイルはビジネスホテルに泊まって、美味しいレストランや居酒屋をネットで調べて、温泉も日帰り入浴ができる施設を利用する。旅館離れが進んでおり、旅好きの人ほど旅館に泊まらない。これでは旅館の後継者が減り、旅館軒数が減少するのは当たり前です。それだったら、旅館の原点となる「旅籠」といわれる時代まで遡って、もう一度「旅籠」が旅館でも、ホテルでもない独自の進化をしたらこういうスタイルではないかと思い描き、かたちにしたのが「HATAGO井仙」です。
 HATAGOとローマ字で書いてあるのは世界のスタンダードとなるよう、日本の宿文化を示したかったからです。ホテルしか泊まらない外国人のお客様もHATAGOに泊まることで地方の旅館にもっと目を向けるきっかけとなり、地域が元気になるのではないかという考えもありました。
 旅館業という仕事はずっと誇りに思っていました。しかし、現状を変え、メッセージを発信しなければいつか旅館は廃れてしまうという考えがありました。
 8―10年間ずっと悩み続けたのは駅前温泉旅館のスタイルで同級会プランが好調だったこともあり、とても楽だったのです。あえてリスクを冒してまで、目の前に需要がある市場を手放すのがもったいないという葛藤がありました。
 私が4代目の社長になった32歳のとき、この営業スタイルは5年間は通用しても15年は続かないだろうと思いました。15年後には私は40代半ばになっており、次の手を打つ体力や気力があるという保証はない。自分の中に熱い気持ちがあるうちに多少のリスクを背負っても思い切って新しいスタイルに乗り換えておかなければ、同級会プランがどこかの旅館に真似されたときに、文句ばかりを言う将来の自分が怖かったのです。そして父に、HATAGO井仙と、同級会プランを続ける2つの事業計画書を出し、HATAGO井仙をやる場合には一切口を出さないでくれと約束をしたのです。
 「湯沢ビューホテルいせん」は金融機関と20年で2億円の返済計画を立てていましたが、ちょうど返済の節目になっており、同じ返済計画の範囲で2億円投資しました。金融機関にとっては元本の金額は変わりません。HATAGO井仙に過大投資したわけでもなく、基本的にはローコスト経営で、単価は1・3倍―1・4倍まで上がっていますが、湯沢ビューホテルいせんと同じ稼働率設定なのです。2005年のことで、大きなターニングポイントでした。
 それからは、すごく苦労しました。私は大学でマーケティングを学んではいましたが、実質“名ばかり専務”で、昔からいる従業員9人ほどの家族経営の域を出ていませんでした。それがHATAGO井仙になると、古い社員がいなくなり新しい20―30代の社員を急に入れたのです。コンセプトが面白かったのか、テレビや雑誌の取材も多く、メディアに多く取り上げられ、お客様も入りました。しかし、裏側では、まったくの未経験のスタッフと「てんてこ舞い」の状態で2年間ぐらいは本当に苦労しました。
 そのころの私は本当に甘かったのですが、マネジメントは必要ないと考えていました。「旅館なんてお客様が入って、売上げが立てばあとは何とかなる」と考えていました。そんな考えしか持っていないものですから会社の組織はぐちゃぐちゃ、就業規則も、タイムカードもない。このような状態ではスタッフとのコミュニケーションも取れず、2年以上悩み抜いた結果、経営者の仕事とは「社員のベクトルをそろえること」だという結論に達しました。
 Aという社員とBという社員が目的は同じでもベクトルが違うと、コミュニケーションディスオーダーが生じてしまい、諍いが絶えませんでした。「社員のベクトルをできるだけパラレルに近づけることが一番効率の良い経営なのだ」と苦悩の中で思い至りました。
 では、パラレルにするためにどうするか。つまり、社長と社員はほとんどが利害が同じなのです。売上げが上がった方がいいし、お客様に喜んでいただいた方がいい。利益も多い方がいい。しかし、唯一利害が反するのは給料を払う側と、もらう側という立場なのです。多くの経営者はこの部分を曖昧にして、夢だ、希望だ、という話をする。それでは本当の意味での信頼関係は築けません。
 そこで私はまず、就業規則や評価制度などをきっちりと作り、給与体系も明示して社員と契約しました。時間管理も曖昧な部分をなくしました。当たり前の話なのですが、これらを細かく作るのに1年半ほどかかりました。
 しかし、ここまでは手法論で、もっと人間が信頼し合う一番根っこの部分、それが理念やビジョンです。そこで「自分は何のために生きるのか」の根底の部分で皆が共有できる「人に尽くし、己を磨き、共に伸びる」を理念とする「旅籠三輪書(はたごさんりんのしょ)」を決めました。「お客様満足」「社員の生きがい」「地域社会の貢献」という3つの輪が常にトライアングルのバランスを保ちながら発展していくということを、すべての考え方の基準にしました。
 HATAGO井仙という存在は、利益を上げるために存在するのではなく、「三方良し」の考え方でないと新しい事業もやらない。経営者にとって儲かる事業であっても、地域の貢献や社員の生きがいにならなければ「NO」です。
 総務や人事管理といった今まで苦手だった部分を地道にやっていったら今はそれが強みになって「旅籠三輪書」をプロジェクトにしました。
 社員が地域に貢献しているところを見えるように、スタッフがブログを書いたり、地元の意識の高い企業と連携して商品づくりするというのもプロジェクトの一環です。お客様が喜ぶだけでなく、社員も楽しく経営に参加でき、それが地域に貢献できる。取引先や農家の方々も喜び、お客様も笑顔になれば社員も生きがいを感じることができます。このような構造を作ることが経営者である自分の仕事だと思っています。今までバックヤードにあった企業理念を前面に出し、営業方針にしてしまいました。お客様に向かう顔と社員に向かう顔が同じになったことですごく楽になりました。「後ろ」も「裏」もなくなり、顔は一つでいいわけですからすごく楽なのです。すべての問題基準を社員に話します。労務管理や人事管理は経営者のブラックボックスの中に入れて色々とやるから苦労するわけです。ブラックボックスを作らずに「ありのまま」の経営状況と、経営の意思決定のプロセスを社員に見せ、なぜこのような経営判断をして、このように取り組んでいるのかを分かりやすく説明しています。新たな事業も社員が理解せずに進めていくと、やがてコミュニケーションがズレてきて、AとBの社員のベクトルがズレていく。これが問題なので、できるだけプロセスを全社員がわかるように心がけています。
 一番わかりやすく数字を「見える化」する手段は、人時売上高です。社員に給料の根拠を示すことができます。お客様20人に対して4人のシフトが厳しいのは、単価が低すぎるのか、生産性が悪すぎるのか、どこか間違ったところがあるのです。これをきちっと議論する共通の言語がなければ生産性の改善にもなりません。その意味で社員と一番コミュニケーションしやすい共通の言語は人時売上高だと思います。旅館よりも、マクドナルドなどファーストフード店の方が人時売上高の社員教育が徹底されていると思います。一方的に経営者がコストカットするのではなく、人時売上高を上げるには単価を上げるのか、オペレーションを効率的にして生産性を上げるのか、「みんなで知恵を出し合って考えなさい」としか言っていません。全社員が経営参加し、意思決定したことで理に適うことであれば応援すると言っています。それまでは経営者の私がシフト管理をしていましたが、今は社員が行っています。社員に任せた方が効率がいいし、工夫もします。生産性も上がっています。

 内藤:産業別の平均給与をみると、サービス産業は全体的に低く、地方にある旅館はとりわけ低い。生産性を上げて給料を上げていかなければ、優秀な人が集まらない状態が続きます。生産性を上げる具体的な取り組みは他にもありますか。

 井口:社員の所得を上げるということは生きがいを持って働くうえで大事なことだと考えています。一つの鍵となるのは、旅館以外にも販売先を持つということだと思います。旅館業のビジネスモデルは非常に「ハイリスク・ハイリターン」で不安定。現在、旅館以外に4店舗の飲食店と、物販店、製菓業もやっています。旅館の売上げは全体の3割程度で他部門の売上げが多くなっています。
 旅館や飲食業だけでは平均給与で年収300万円を超えることは難しいと思います。社員の所得を上げるにはそれ以外にどのように仕事を追加し、拡張するかです。そのために色々な業種を手がけています。旅館業はアイドルタイムが多く、当然オンとオフの差が大きい。オフの時間に地元向けの飲食店や製造業をやることで人の融通ができ、それぞれの生産性を上げていくことができるようになりました。

 内藤:IT化も一生懸命取り組んでいますよね。料理の進捗状況をフロントとフロアで共有するというシステムはとても感銘を受けました。これもアイドルタイムを有効活用していくことだと思うのですが。

 井口:HATAGO井仙を作ったときから、すべてコンセプトの異なる客室だったので、基本的にはインターネット販売で、客室の在庫と予約管理は完全連動しています。そのほかITで進んでいるのは、売上げをPOSで管理しています。日々の売上げはすべてデータ管理されており、日報単位で売上げの金額が分かっていますので、これに材料原価とシフト数だけを入れると、簡単なFL比率は毎日出せる状況にあります。
 厨房の進捗管理システムは大したものではないのですが、エクセルの画面2つでシステム化しています。コース料理を管理しようと思ったときに、できるだけ飲食店の理想的なかたち、つまり注文を受けてからその場で作って提供する「屋台」に近いスピードでコース料理を出せるように、お客様が注文されてから料理を提供するまでの時間を圧縮するために、厨房とホールのスタッフがエクセルを使ってコミュニケーションをとっています。
 もう一つは全社員がインカムとネットワークカメラを使い、フロントが司令塔となってレストラン、売店、喫茶のスタッフが忙しいところをヘルプするシステムをとっています。全社員平等に全部門のサービス研修によってトレーニングをしています。マルチタスクをしていかないと、専門職だと旅館業界では給与が上がっていきません。
 仕入れの管理は、週に1回FLコストを出すために原価計算をしていますし、雪国食文化研究所という別会社の加工所があるのですが、直接野菜農家が井仙に納品するよりも加工所が一括で納入して、道の駅の飲食店2店舗などに加工して流したほうが安い場合もあります。料理のメニュー開発もオペレーション重視の考えで行っています。

 内藤:「オペレーション重視」というと、ファーストフード店をイメージしがちですが、私もオペレーション重視の考え方は好きです。その理由は、でき立てが出てくるからです。オペレーションが効率化すると、「作り置き」から「でき立て」に近づいていくのです。

 井口:同感です。オペレーションを重視するということは無駄が少なくなるということで、良いもの、新鮮なものを使えるのです。食材のロスや冷蔵庫に眠っている時間も少なくなる。結果的に、お客様に良いものを出せるのです。お刺身もプライオリティーが高いわけではないので、加工したものを必要な分だけ仕入れています。

 内藤:マグロは極端な言い方をすれば、冷凍でも問題ない。一番腐敗が進むのは内臓やエラの部分。中途半端に魚を丸ごと買うよりも、獲れた海に近いところから加工して運んできた方が圧倒的に美味しい。井仙のようにお刺身を加工品として必要な分だけ納入するという、全体のプロセスを工学的に作り込んだ方が味は美味しくなります。私もまったく同感です。
 HATAGO井仙は厨房のレイアウトを何度も変えています。

 井口:厨房のレイアウトを変えるのは大変です。しかし、お客様が最も多くお金を払うのは料理です。料理はトレンドによって変わります。料理を美味しく提供するにはサービスのオペレーションの仕組みがすごく大切だと思います。7年間に4回もレイアウトを変えました。今はオープンキッチンのスタイルです。私は利益の源泉は厨房だと思っているので、とても重視しています。

 内藤:オープンキッチンは「エンターテイメントとしてキッチンが見えますよ」と考える経営者も多いですが、井口社長の場合は逆で、「厨房からお客が見える」という発想ですね。お客の食べるスピードで料理を提供できるようになると、でき立て感を届けることができるし、無駄もなくなっていくというメリットがあり、現場のオペレーションの最適性が高まっていきます。

 井口:おっしゃるようにエンターテイメント性というよりも、効率よく料理を出すことを優先して考えています。

 内藤:厨房のレイアウトが悪ければ満館の日もお客が少ない日も人数が変わらない。レイアウトを工夫すればお客の人数に応じてシフトを変動することが可能になるほか、利益の出ない日を減らすことができるようになり、利益額を増やすことが可能になります。多くの旅館はオンで稼いだ利益をオフで使い切る。もったいないと思います。オンの日も儲かり、オフの日も儲かるという仕組みが必要です。

 井口:製菓業は作りだめができるので、時間の余裕のある平日に、土・日に販売するお菓子を内製化しています。いい人材を集めるには仕事の場を年間保証しなければなりません。

 内藤:製菓業の面白いのは、焼き菓子は品質の劣化がゆっくりなので、飲食業、宿泊業と組み合わせるとアイドルタイムを埋められるようになります。さらに、物販から通販にも展開できるようになり、生産性を高めていける構造です。組合せの相性としてはとてもいいと思いますね。サービスを上手く組み合わせています。
 それと、日本の旅館の建物は意匠デザイナー主導の「カッコよさ」で設計されているので出っ張りや引っ込みがたくさんあって、清掃もしづらく、生産効率がものすごく低いですよね。

 井口:建物を先に作ってメニューをどうするかを考えていますからね。本来なら、お客様がお金を払う料理から考えて、お皿や、それに合うサービスを考え、それを提供する厨房を考えるというのが、たとえばクルマの生産ラインでいえば当たり前の話なのですが、実際は逆になっています。旅館は変動にも対応できる、幅を持った厨房設計が必要だと思います。

 内藤:厨房に限らずリネンの倉庫などもお客の変動に応じた生産体制の変動制をどれだけ作れるかがポイントです。サービス業は日々お客が変動するからこちらの柔軟性を高めていかなければならない。在庫可能な製品を生産している製造業にない難しさもありますが、一方で差別化も可能なのでチャレンジをしたほうがいいと思います。

 井口:旅館の経営者はタオルなどの単価の1円、2円には細かくこだわりますが、でも、そのタオルが2千本なくなっても全然気づかない。単価を見るが、数を見ていない傾向が強いですね。

 内藤:1円、10円をケチるけど、現場を管理できていないので10万円、100万円をドブに捨てている状態がよく見られます。

 井口:料理を考えるとき、私はゴミの量を少なくする方が大事ではないかと思いました。お客様が食べない廃棄物をたくさん出すというのはロスですから、できるだけ廃棄物の量が少なくなる料理を出そうと心掛けました。厨房も原価を計算していますが、お客様が欲しいものを欲しい状態で提供できれば、これまで捨てていた分をコストに変えられるのです。

 内藤:飲食店で廃棄率を一つの指標としているところはありますね。廃棄率が下がっていくということはお客様が求めているものを出せているということになります。また、あるメーカーは作った量で生産性を計ると高いが、売れた量で生産性を計算すると赤字が増えてくるという。在庫がロスになり、利益が大きく出たときに特別損失で償却しているだけです。お客様が求めているものに合わせていくことが最大の生産性向上で、アイドルタイムやロスがなくなっていく。現場の管理マネジメント力を付けて品質水準を上げていくことが旅館にとって緊急性の高い課題だと思います。

アベノミクス ― 「先陣を切る!」姿勢で

 安倍政権の経済政策「アベノミクス」に対する期待が大きい。長期にわたるデフレに疲れ果てた国民には、一筋の希望の光に見えるのだろう。

 「アベノミクス」は賭けである。大型の財政出動と、金融緩和、そして成長戦略が噛み合い、軌道に乗れば、好景気になるかもしれない。しかし、経済や金融が上手く回らなければ財政破綻の危機が一層強まる。脱デフレへの本気度は伝わってくる。政権はリスクを負った。

 では、民間企業はどうだろうか。流通業界では、ローソンやセブン&アイ・ホールディングスはいち早く社員の給与の大幅アップを決めた。

 観光業界も他業界のアクションを受け身で待つのではなく、先駆けて社員の給与を大幅にアップし、消費の追い風を起こして、観光業界を自発的に活性化させることが必要だ。大手旅行会社や、旅館・ホテル、テーマパークなどが給与アップの経営姿勢をアピールすれば、業界全体、社会全体に明るさを呼ぶ。「社員を大切にする」「景気回復に貢献している」「豊かな企業」というイメージも得られる。自然と優秀な人材が集まり、業績も上がり、景気好転への良い循環を創り出すことが可能だ。志のある経営者は観光業界にもたくさんいるはずだ。

 先陣を切って実施していくのと、後追いでは、影響力や、さまざまな効果に雲泥の差がある。東日本大震災のときも、支援や義援金を真っ先に名乗り出た企業の名前は誰もが記憶している。「善は急げ!」の経営判断の速さは、称賛に値する。時代の流れを正確に読み、素早く反応し、決断し、行動できる先取の気質(DNA)が受け継がれている企業や店舗が、時代を重ねるうちに、「老舗」と呼ばれるようになるのだろう。

 観光業界は、残念ながら後追いの性格が強い業界である。そしてもう一つ、世の中の好景気や、○○ブーム、補助金などをひたすら待つ「他力本願」の体質も少なからずある。

 「アベノミクスが上手く軌道に乗って、景気が上向いてから社員の給与を上げよう」と考える経営者も多いのではないか。そのような「待ち」の姿勢では、たとえ好景気になり、売上げが増えたとしても、自らの決断や行動によるものではなく、結局、時代に流される。「後追い」ではなく、「先陣を切ろう!」。

(編集長・増田 剛) 

観光産業を議論、若手経営者16人が集結(観光庁)

 観光庁は3月13日に、山形県・天童温泉「ほほえみの宿滝の湯」で次世代を担う旅館・ホテルの若手経営者を集めて、観光産業の未来について議論する「旅館から地域を変える!日本を変える!旅館と地域の明日を創るフリートーキング」を開く。

 地域の旅館・ホテルや旅行会社、交通事業者、飲食店、観光協会など多様な分野から参加者を募り、複数のグループに分かれて若手経営者と議論する。そのほか、若手経営者による変革への取り組み発表や、初代観光庁長官の本保芳明氏の特別講演なども予定。参加申し込みは3月5日までに観光庁HPから。

 出席する若手経営者は次の各氏。

 荒川信康(蟹御殿)▽井上裕士(ホテル八千代)▽岩田一紀(有馬ロイヤルホテル)▽菅野豊臣(ホテル華の湯)▽佐藤太一(日本の宿古窯)▽庄司丈彦(つかさや旅館)▽須藤宏介(いきかえりの宿瀧波)▽関谷寿宣(寿宝園)▽鴇田英将(亀山温泉ホテル)▽富井智子(松泉閣花月)▽原太一郎(流辿別邸観山聴月)▽星永重(藤龍舘)▽森田金清(月の栖熱海聚楽ホテル)▽山口敦史(ほほえみの宿滝の湯)▽湯本孝之(あぶらや燈千)▽横山公大(ホテル土佐御苑)

3者で移住・交流促進、長野県×佐久市×JR東日本

原口JR東日本常務、阿部長野県知事、柳田佐久市長(右から)
原口JR東日本常務、阿部長野県知事、柳田佐久市長(右から)

 長野県と佐久市、東日本旅客鉄道(JR東日本)は2月12日、3者連携で長野県佐久市への移住・交流促進に取り組むと発表した。同日、JR東日本本社で開いた共同会見には長野県の阿部守一知事、柳田清二佐久市長、JR東日本の原口宰常務が出席した。

 今回の連携で、佐久市への移住者を対象に、長野新幹線(東京―佐久平)の運賃割引を開始し、新幹線の利用促進と地域振興を狙う。JR東日本によると、移住者を対象にした運賃割引は初めての事例となる。

 具体的にJR東日本は、移住前の不安を解消するため、実際に現地を体験してもらう視察旅行をJR東日本「大人の休日倶楽部」会員に利用しやすい料金で提供する。自治体のコンテンツ(居住環境の現地説明会、農業体験)と新幹線などを組み合わせ、JR東日本の保有する宣伝媒体・販路を活用して移住施策をサポートする。

 また、「大人の休日倶楽部」会員が移住後も気軽に首都圏へ出掛けられるよう、移住先の佐久平―首都圏間を移動する際、運賃割引でサポートするサービスも検討している。割引率や開始時期、利用条件など詳細は未定。今後のスケジュールは3月発行の「大人の休日倶楽部」会員誌4月号で告知を開始し、5月に「お試しツアー」を発売開始する予定だ。

 一方、長野県は東京・有楽町の「長野県移住・交流センター」で、JR東日本「大人の休日倶楽部」会員からの問い合わせや相談に応対するほか、会員向けの移住セミナーを開く。佐久市と連携して、魅力ある移住体験ツアーやスムーズな受け入れを支援する。移住後のサポートとして移り住んだ人や交流推進団体とのネットワークづくりを行い、地域における受け入れ気運の醸成をはかるなど、定住に向けた支援を行う。

 佐久市は、魅力を実感できる体験ツアーを提供し、移住を希望する「大人の休日倶楽部」会員を受け入れる。会員が森林整備を体験できる「大人の休日倶楽部の森林(もり)」なども検討する。空き家バンク「おいでなんし!佐久」を活用して、佐久市内の空き家物件を案内する。

 従来から長野県では「長野県移住・交流推進戦略」に基づき、豊かな自然環境に恵まれた良好な生活環境など、県の強みとポテンシャルを最大限に活用し、移住者や交流人口を増やすことで地域の活力を創出するため、行政と民間の連携による移住・交流施策を展開している。

 また、日照時間が全国トップクラスで晴天日が多い佐久市は「佐久市交流人口創出基本計画」に基づき、定住人口を増やすための総合的な施策に取り組んでいる。

 JR東日本は「グループ経営構想V(ファイブ)」において地域の活性化に貢献するとともに、新たな交流人口を生み出すことを目的に、自治体の進める移住促進プログラムへのサポートに取り組む方針を打ち出している。今後は他県とも同様の案件を複数検討中という。

【古沢 克昌】

「九州オルレ」の第2弾、4コースを追加へ(九観機構)

龍馬ゆかりの地を巡る霧島妙見コース
龍馬ゆかりの地を巡る霧島妙見コース

≪国内にも積極発信、韓国で人気のトレッキング≫

 九州観光推進機構は2月15日、韓国・済州島発祥のトレッキング「九州オルレ」の第2次コースとして、平戸(長崎県平戸市)、天草松島(熊本県上天草市)、高千穂(宮崎県高千穂町)、霧島妙見(鹿児島県霧島市)の4コースを追加した。

 九州オルレは韓国済州島で人気のトレッキング「済州オルレ」の九州版として昨年からスタート。武雄(佐賀県武雄市)、奥豊後(大分県竹田市・豊後大野市)、天草維和島(熊本県上天草市)、指宿開聞(鹿児島県指宿市)の4コースが第1弾として開設され、これまでに多くの韓国人が体験に訪れている。

 「オルレ」とは、済州島の方言で「家に帰る細い道」の意味。その名の通り、海岸や山、民家など、その土地のあるがままの姿を楽しむのが醍醐味だ。

 今回追加のなかで平戸コースは全長13キロ。周辺の島々が見渡せる川内峠や、寺院と教会が見える風景、オランダ商館など、異国情緒あふれる景色が楽しめる。

 天草松島コースは、広大な田園風景や天草四郎が宴を開いたと伝えられる千厳山、のどかな漁村などを歩く全長11・5キロのコース。

 高千穂コースは、2千年前に創建されたと伝わる高千穂神社や、巨大な柱状節理で知られる高千穂峡、静寂な森林など、神話の里を満喫する12・3キロのコース。

 霧島妙見コースは、全長11キロ。湯治湯として古くから知られる妙見温泉を起点に、塩浸温泉、犬飼滝、和気神社など、坂本龍馬が妻のお龍と日本初の新婚旅行で訪れた地を巡る。

 九州観光推進機構やそれぞれの地元では、韓国からのインバウンドに加え、今後は国内観光客向けにも、各地域の魅力が伝わる観光素材として、九州オルレを積極的に売り出していく意向だ。