2019年5月21日(火) 配信

高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客の強い支持を得て集客している宿の経営者と、工学博士で、サービス産業革新推進機構代表理事の内藤耕氏が、その人気の秘訣を探っていく対談シリーズ「いい旅館にしよう! Ⅲ」の2回目は、丸峰観光ホテル(福島県・芦ノ牧温泉)の星保洋社長と、現場責任者が登場して座談会を行った。調理場の意識改革が進み、個人客に対応した「1品出し」のコース料理が高い評価を受け、宿全体にも好影響を与えている動きを探った。
【増田 剛】
◇
――丸峰観光ホテルの歴史を教えてください。
星:父の星保が南会津の田島町(現・南会津町)で1958(昭和33)年からタクシー会社を経営していました。
しかし、マイカーの普及により、「今後タクシー会社は厳しくなる」ことを予想し、父はレストランかドライブイン、旅館の経営を考えていました。県内各地を探すなか、芦ノ牧温泉で旅館が売りに出ていたので買収しました。69年6月のことで、今年50周年になります。
当時は12室程度の小さな宿で、タクシー会社を経営しながら、母が旅館を切り盛りしていました。タクシー会社は82年に売却しました。
――宿の大型化はいつごろからですか。
星:宿を始めて2年目の71年に宴会場と、客室も150人収容に増築しました。73年には5階建ての300人収容に、77年には700人収容と、規模を短期間に拡大していきました。
79年に父が他界しました。それから母の弘子が社長に就任し、81年に5階建てだった本館を7階建てに嵩上げしました。
88年には600畳規模の大コンベンションホールを作りました。91年に大浴場、92年に6室の「離れ山翠」を新設しました。
600畳の宴会場は東北でもあまりなかったので、首都圏から大規模な団体客が当館に訪れました。その後、大型団体が減少していくなかで、大宴会場を細分化し、レストランや料亭街に改修しました。
また、芦ノ牧温泉にも大型旅館が増え、競争激化が進みました。このため、個人客の対応を強化しようと別館を24室の露天風呂付き客室に改装しました。
92年に「離れ山翠」を作ったときから、団体客中心の「本館」、個人客に対応する「別館」、これに「離れ山翠」は高級旅館を目指し、3つのカテゴリーでお客様を受け入れていこうと考えていました。
本館と別館は当時から、仕込みは“セントラル厨房”のスタイルで、盛り付けはそれぞれ「お客様の近くで行う」という大枠の考え方がありました。「離れ山翠」は、団体客とは違う1品ずつ出すコース型の料理を開発して提供していました。
17年4月に母からの社長交代を機に、個人客に対しては、どこの大型旅館でもやっている料理をまとめて出す「お膳出し」から、今の芦田料理長と一緒に「1品出し」のコース料理へと変革を加速させています。
内藤:旅館のほかに飲食業もやっていますが、いつから始めたのですか。
星:2000年に郡山市内で中華レストランを開業しました。
飲食業界はとても厳しく、「これまでやっていた旅館は甘かったな」と実感しました。その後、郡山駅の駅ビルに入居し、今年で15年になります。和食も提供するようになり、失敗も幾つかしましたが、レストラン経営をしていてよかったなと思います。
内藤:旅館の経営が甘く感じられたのはどうしてですか。
星:旅館は基本的に予約があるので決まった料理を提供しますが、飲食店はいつお客様が来て何を注文するか分からないなか、柔軟に対応しなければなりません。需要予測によって人員の配置が必要ですし、駅ビルだと電車の到着時間も頭に入れながらの細かな計算も必要です。そういう習慣は旅館にはありませんでした。
内藤:生産管理の勉強を随分されたと聞きました。
星:若いころから旅館業ではなく、流通業界の勉強会や、工場の生産管理システムのセミナーにも参加するようになりました。
このように飲食業など、さまざまな経験をして社長に就任し、改革の土壌が整いつつあるのを感じます。調理場から本格的に改革を始め、芦田料理長と試行錯誤を続けてきて同じ方向を向いているのもありがたいですね。
芦田:大小の料亭などでのそれまでの経験を評価していただき、団体料理だけでなく、旅館の新しい料理の開発を担う「離れ山翠」で1品出しのお手伝いができるとのことだったので、ここの料理長を10年以上前に引き受けました。
内藤:旅館料理はどのような印象でしたか。
芦田:まず量の多さに驚きました。団体客中心の献立づくりにも戸惑いました。作り置きの提供の仕方も当初は理解できませんでした。
内藤:どうして旅館は作り置きをするのですか。稼働の低いときも作り置きをしますね。
芦田:人数やスタッフの頭数の問題もあると思います。団体だと量が多いので、「早めに仕込みをしておかなければならない」という固定観念があるのかもしれません。
内藤:現在、「宴会料理」「料亭料理」「1品出し」という3つの形態が同時進行しています。それぞれやり方はまったく違うのですか。
芦田:違います。考え方も一つひとつ変えていかなければ、追いついていきません。
半年前から1品出しの茶懐石を提供しています。献立は本懐石ですが、「茶懐石を気楽に召し上がっていただきたい」と、私流にアレンジして提供しています。
茶懐石というのは日本料理人が目指す最高ランクの料理です。それをこの宿で提供できるということで、やっと夢が叶ったという思いもあります。
お客様を目の前にして、1品1品出していくので、煮物も、焼き物もお客様の顔を見てから作り始めます。「出来立てを召し上がっていただく」という料理の基本中の基本に戻ってきたことで、お客様もカウンター越しに「美味しい」という言葉が自然に出てくるのだと思います。
三好:茶懐石を提供する食事処「けやき」はカウンター10席、6テーブル12席で今のところ提供しています。
芦田:私も白衣を着て、熱い料理をテーブル席まで運ぶこともあります。料理の説明をすると、お客様に大変喜んでいただけます。
季節の素材を生かし、あえてあまり手を加えない茶懐石は飾りがいらない料理ですから、1品ずつそのままお出しするという利点があります。一方、お膳出しの料理は飾りや見た目も大事にしなければならないので、とても手間が掛かります。
内藤:お膳出しと1品出しの料理はそもそもまったく考え方が違う料理です。
お膳出しはまとめて調理するので、前もって作ってしまう。味が落ちるので調味料が必要になって味が濃くなり、食べている途中から飽きてしまう。もう一度温め直さなければならないので、その分手間が掛かるだけでなく、料理は温度変化に弱いので、ますます味が落ちます。さらに、飾りをつけなくてはならないし、高価な食材も使わなくなくてはならない。
しかし、お客の目の前で提供すると、「作って出す」という1つの工程でシンプルに終わります。
芦田:料理の提供は、シンプルが一番美味しいと思います。
三好:料理の改革を始めてから調理場の雰囲気が大きく変わりました。料理長が先頭に立って和食の頂点を目指しているので、若い調理スタッフの表情も変ってきました。料理長が作る茶懐石に興味津々で、必死で学んでいる姿が見られます。
また、調理スタッフなのにこれまでは盛り付けの時間が多かったのが、今は本来の調理の時間が長くなっています。
内藤:宿泊客が料理を食べられた感想は。
芦田:「茶懐石は初めてだったけど、堅苦しくなくて、最後まで楽しく食べることができた」とほぼすべての方が感激されています。
星:露天風呂付き客室を褒めていただくことが多いのですが、これに加えて茶懐石もお気に召していただけていますので、リピートされるお客様が増えています。朝食の改革も進めていまして、地元食材を使用した12品を並べる和定食も高い評価をいただいています。
三好:茶懐石はお題を決めて毎月メニューを変えるので、楽しみにされているお客様も多く、リピートの間隔が狭くなっています。
内藤:一方で、お膳出しの料亭もやっています。
芦田:旬の食材は市価が高いこともありますが、原価はそれほどかかっていません。使う量は少ないですし、眺める料理ではないので、葉などの飾り物も少ないのが特徴です。食材のロスはほぼありません。
蓮沼:これはまったく予想外だったのですが、この茶懐石の食材原価率は、他の会場と比べても低くなっています。
芦田:「量が多いのもご馳走のうち」という考え方も未だにあり、料亭や宴会場の食べ残しは多くなりがちで、どうしても仕入れのコストが上がってしまいます。
内藤:団体料理を提供するなかで、仕込みと盛り付けを別にしたことは大きいですね。
多くの旅館の調理場では、調理ではなく盛り付け作業に多くのスタッフが投入されています。丸峰観光ホテルでは、盛り付けをパートさんにと、役割分担し、調理人はより手間の掛かった料理にこだわっていく。調理人が技術者として料理に専念できる環境に変えていかれました。
星:盛り付けをパートさんに任せると、宴会場や料亭の近くで盛り付けができるようになります。
芦田:調理場も仕込みが終わると早く帰ることができ、労働時間は相当に短くなりました。
三好:出勤時間も遅番と早番に分けることで、子供がいる調理人は午前中に学校の参観日に出席してから出勤できるようになりました。これは大きな変化で、モチベーションのアップにつながっています。
内藤:美味しい料理を提供するために「作り置きをやめよう」と提案すると、多くの施設では「手間が掛かる」「長時間労働になる」「食材費が上がる」と感じるのですが、実際は「短時間労働になる」「お客も非常に喜ぶ」「原価率が下がる」と、逆のことが起こっています。
内藤:料亭や宴会場はまだまだ課題があると思いますが、旅館経営のゴールが見えてきたのではないでしょうか。
三好:社長自らが、改革から逆行する動きに対して、「現状維持バイアス」だと指摘しています。トップの示す方向がはっきりしたので、現場を預かる 立場としてはとてもやりやすいです。
内藤:朝食バイキングでは、お盆で取るスタイルから大皿に変え、反応はどうですか。
三好:リピーターのお客様は、最初はお盆を探すのですが、大皿に変えてからは残食も減り、下膳が早くなったという意見が大半です。
加えて食器洗浄機をバイキング会場のすぐ隣に持ってきました。以前は、食器洗浄は外注してわざわざ2階まで運んで朝食時間後にまとめて洗浄していましたが、今はそれがなくなってバイキング会場で下膳しているホールスタッフがそのまま洗浄しています。外注から内製化によってムダな作業がなくなってキャッシュが残るようになりました。
内藤:離れた場所でまとめて食器洗浄をしていたため、運ぶ、保管するといった作業が紐づき、さらに大きな食洗器も必要だったのですね。
「バイキング会場だけですべてが完結する」流れが、スタッフに見えることが大きな効果だと思います。
三好:改革は始まったばかりなので色々な問題が日々起こりますが、少しずつ前進しています。
星:調理部が一番大きく変わったので、周りにいい影響を与えています。
清掃部門を担当する業務課のヘルプ体制も良くなりました。
三好:業務課が中心になって、すべての部署の応援に人を回しています。
業務課はこれまでパブリックと大浴場の清掃が主たる担当でした。今はバイキング会場や宴会場の下膳、レストラン「かわせみ」の配膳やドリンクコーナーの担当まで、ほぼすべてをカバーするようになりました。今や宿を支える屋台骨です。
午後から出勤など時間をずらし、人の少ない時間帯を埋めていくようになりました。
内藤:業務課の長時間労働も是正されているのですね。
三好:そうです。人の動きも含めて1年間で大きく様変わりしました。
社長も私も「人が足りないのは当館だけではない。知恵を絞った企業がこれから残っていく」と言い続けているので、少しずつですが全体に浸透しつつあるのではないかと思っています。
現場の管理者には「最初から人員が少ないからできない」ではなく、「どういう解決方法があるかを具体的に考えてから言ってほしい」と話しています。最近は「この時間だけ、他部署から応援を頼むことは可能ですか」などのアイデアが出てきています。
内藤:知恵を使わずに人手を使おうとすると、どんどん人手不足になっていきます。これまでさまざまな企業を見てきましたが、本当に人が足りない場合は、「○時―○時まで○人足りない」と具体的に求めてきます。漠然と「人手不足だ」と言っているうちは、「人余り」だということです。
三好:バイキング会場で、これまで料理を載せている大皿の洗浄を「内製化しよう」という流れになりました。「では誰が洗うのか」と、業務課とバイキング課がお互いに押し付け合う状況になりました。
そのときに、業務課のパートの女性が「支配人、最後の大皿を洗うのにどれくらいの時間がかかるのですか」と質問してきました。「丁寧に洗うと1時間半くらいかな」と答えると、「それでしたら大丈夫です。業務課の担当者を毎日充てるシフトを作れます」と言ってくれました。私はすごく驚き、本当にうれしく思いました。
内藤:業務の流れや人の動きが明確に見えているのですね。
三好:そうなんです。しっかりと全体の人の動きも見えていて、「1人をこの時間帯に充てれば、仕事がスムーズに流れ、解決する」と、しっかり把握しているのだと思います。
内藤:客室清掃も色々と改革をされています。
三好:清掃スタッフの高齢化に伴って、しばしば不備も出ていました。その対策として、清掃後トイレの扉や、机の引き出しなどすべて開けたままにして、別の人がチェックをしながら一つずつ閉めていくように変えました。これによって清掃のミスはほぼなくなりました。
また、高いところに手が届かないなどの点についても道具を変えるなどの工夫や、改善をしています。
内藤:客室のセットも変えていますね。
三好:以前は宿泊人数に合わせてセットしていましたが、今はツインの露天風呂付き客室は1人客であっても、部屋菓子やタオルなど2人分をセットします。これによって、宿泊予定表を見ながらセットするのではなく、「清掃に集中」できるようになりました。スピードもアップしています。
内藤:「どの部屋に何人泊まるか」いう伝票を作る作業もなくなり、フロントスタッフの労働時間も合わせて大きく減少します。1つの仕事には多くの作業が連動し、旅館全体に影響を与えていきます。1つの仕事をやめると、これに付随する多くの作業がなくなり、労働時間が大幅に減少していきます。会社にとっても大きなコストを削減できます。本当にお客様にとって必要な仕事なのか、見極めることが大切です。
三好:今、取り組んでいるのはラウンジチェックインです。お客様と客室係のコミュニケーションの時間を大きく取ることが目的で、別館「川音」で注力していきたいと考えています。
本館の団体のお客様と、別館「川音」の個人のお客様を分けて、頭の中を整理して効率よく考えていこうと思います。
内藤:どのように変えるのですか。
三好:ラウンジですべてのチェックインを行い、客室係がお客様に案内する準備が整うまでの間、ドリンクや、和菓子を提供し、時間をゆったりと過ごしていただこうと考えています。
内藤:フロントも、お客様を待たせたまま客室係を呼び出すこともなくなり、ラウンジで呈茶のサービスをするということですね。
具体的には、お客とどのようなコミュニケーションをされるのですか。
三好:浴衣のサイズを確認したり、館内の各種サービスの案内、料理の別注、そして食後に客室でもう一杯飲んでいただけるように、日本酒や豊富なおつまみなどをしっかり説明しながら、売店の利用にもつなげていけたらと考えています。料理の別注文やエステなどの説明も細かくできることが理想です。
□就業規則と賃金規定
内藤:就業規則と賃金規定の改定も行われています。
蓮沼:丸峰観光ホテルにとって、当社の就業規則は憲法のようなものです。しかしながら、今回、新たに作成するまでは従業員や、役職者ですら、あまり関心がないのが実情でした。
今回の改定では、一つひとつの項目を細かく見ていきましたので、作成に時間がかかりました。
今の賃金水準を維持しながら、生産性を上げることで年間休日数は88日から週休2日となる105日に17日増え、さらに有給休暇の取得義務の5日分をプラスし、年間で最低でも休日が計22日増えます。各部署の管理者が給与計算の基本となる勤怠管理の責任を持つことで、意識改革も進んでいます。
これまでは、旅館の長い拘束時間が当たり前という意識がありました。生産性向上に向けて動き出すときに、「どうすればいいか」やり方が分からない部署もありました。そんななか、調理場が真っ先に早番と遅番に分け、労働時間の短縮にも実績が出ています。営業企画の部署も朝の出勤を遅らせ、勤務時間の短縮になりました。先行する部署を見ながら、働き方を見つめ直す部署も出てきています。
内藤:手ごたえはどうですか。
蓮沼:いい方向に向かっていると思います。
長く会社にいるのではなく、1日の仕事をしっかりとしながら、早く帰れるときは早く帰りましょうという意識の変換が大事だと思っています。
内藤:賃金を変えず、人も増やさず、売上も減らさないが、休日だけを増やす。生産性の向上で吸収していくということですね。
生産性を上げていくというのは、「売上が増えていく仕事に専念する」ということです。売上が増えるということは、「お客と接している」ということで、モチベーションも上がっていきます。
旅館の仕事は表と裏の2種類しかありません。表の要が客室係で、裏の要が業務課。
そして、調理場はこれまで裏でした。宴会場はお酒を飲んだり、話をしたりするのが主なので裏の仕事と割り切ってパートスタッフにもっと大きな役割を持ってもらう。一方、個人のお客に対しては、調理人が表に出て手間を掛けた料理を提供する。仕事がすっきりと整理されてきたのだと思います。
浴衣を客室にセットするのも裏の業務部がやっていました。これを客室係がお客を案内するときにやるようになったので、表の仕事を増やしているということです。
売上を増やす仕事は表であり、コストを下げる作業は裏が担当するという風に、作業の分担が明確になってきたのだと思います。お客の目の前で調理すると、どんな細かい要望にも対応できるようになり、別注文の料理にもその場で基本的に対応できますので、営業や予約部門の力も増していきます。
【全文は、本紙1754号または5月27日(月)以降日経テレコン21でお読みいただけます。】