埼玉県誕生150周年記念事業が始動 特設Webサイト公開やキービジュアルの公募を開始

2020年8月3日(月) 配信

特設Webサイト「Colorful」トップページ

 来年で誕生してから150周年を迎える埼玉県は、「埼玉150周年プロジェクト」を始動した。7月31日(金)からは、特設Webサイト「Colorful」の公開、公式SNSでの情報発信のほか、キービジュアルとなるロゴマークとキャッチコピーの一般募集も始めた。

 「Colorful」は、多彩な魅力をもつ「彩の国」埼玉を知ってほしいとの思いで、1993年に刊行された情報誌「からふる」を継承するかたちで誕生した。サイト内では、「知る」「祝う」「伝える」の3つのカテゴリーで、埼玉の情報を発信していく。

 埼玉150周年記念事業のキービジュアルとして使うロゴマークとキャッチコピーの募集は、年齢・住所・プロアマなどは問わず誰でも応募することができる。ロゴマークは10万円、キャッチコピーは5万円の賞金がもらえる。応募期間は9月10日(木)まで。

JTB、自宅から旅行相談 「オンライン相談」始める

2020年8月3日(月)配信

オンライン相談のようす

 JTBは8月1日(土)から、パソコンやスマートフォン、タブレットを利用した「オンライン相談」を全国25店舗で始めた。新型コロナウイルス感染防止の一環として、来店せずに自宅に居ながら旅行相談をしたい人のニーズに応える。

 宿泊施設がどのような感染対策をしているか、旅先での過ごし方など相談したいが、外出して来店するのは控えたい人向けのサービス。「オンライン相談」サービスを通じて、店舗での対面相談のようにコンサルティングが可能だ。

 同社は、6月からウエディングプラザで先行して、リゾートウエディング相談を目的としたオンライン相談を導入。自宅でゆったりと寛ぎながら相談ができるうえ、遠方に住む同行家族の旅行相談も一緒にできるなど、好評を得ているという。

 なお、JTBステージ会員向けのJTBラウンジプラチナムの渋谷店・池袋店は、海外専門添乗員がオンライン上で同席し、一緒に旅の相談もできる。このうえ、クルーズ旅行専門店のクルーズ本店では、クルーズマスターによる相談も可能。

 相談受付の予約は、各店舗ホームページの「来店予約」から「オンライン相談」を選び、相談の日時を予約する。相談当日は「Microsoft Teams」を利用。最新の営業日、営業時間は各店舗ホームページから。

オンライン相談対応店舗

むさしの手配センターが次世代型経営戦略セミナー開く 「影の旅のコーディネーター」として観光業界の発展に貢献へ

2020年8月3日(月) 配信

セミナーには旅行会社の経営者ら30人が参加した

 むさしの手配センター(小原寛信代表、東京都立川市)は7月28日(火)、旅行会社を対象に「次世代型経営戦略セミナー」を開いた。ウィズコロナ・アフターコロナを見据え、「勝ち続ける必須ルール」をテーマに経営者ら30人が参加した。

むさしの手配センターの小原寛信代表

 小原代表は「旅行会社と受入施設の間に立つ旅行サービス手配業者として、観光業界に力になれることはないか、やるべきことは何かを考え続け、セミナーの開催を思いついた」と語る。ONE.course代表の武本一樹氏が講師を務め、参加者同士の意見交換も積極的に行われた。

講師の武本一樹氏

 同セミナーは今年4月を予定にしていたが、新型コロナウイルスの感染拡大により、延期していた。

 小原代表は「総合案内所の枠を超えた“影の旅のコーディネーター”として、観光業界の発展に貢献していきたい」と話し、同様のセミナーを年に数回開いていきたい考えだ。次回のテーマは「ツアー募集」を予定している。

プロデューサー発表 アニメ監督 河森氏ら10人 2025年日本国際博覧会協会

2020年8月3日(月) 配信

多様な顔ぶれのプロデューサー陣

 2025年の日本国際博覧会(大阪・関西万博)を運営する「2025年日本国際博覧会協会」は7月13日、会場のデザインや運営、パビリオンの構想立案から展示、演出までを担うプロデューサーとして、アニメーション監督の河森正治氏や放送作家の小山薫堂氏ら10人を起用すると発表した。

 今回の万博のメインテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」を表現する「会場デザインプロデューサー」には、建築家の藤本壮介氏が就任。運営を担う「会場運営プロデューサー」には、05年愛知万博の運営に携わったプランナーの石川勝氏が就く。

 また、メインテーマに沿って設けた「いのちを知る」「いのちを育む」「いのちを守る」など8つのテーマ事業を、パビリオンの展示やイベントなどを通じて表現する「テーマ事業プロデューサー」には、8人の有識者を任命した。

 「いのちを知る」は生物学者で青山学院大学教授の福岡伸一氏、「いのちを育む」は河森氏、「いのちを守る」は映画監督の河瀬直美氏、「いのちをつむぐ」は小山氏、「いのちを拡げる」は大阪大学栄誉教授の石黒浩氏、「いのちを高める」は音楽家で数学研究者の中島さち子氏、「いのちを磨く」はメディアアーティストの落合陽一氏、「いのちを響き合わせる」は慶応義塾大学教授の宮田裕章氏が担当する。

 発表会に登壇した河森氏は「コロナ禍にあって、すべての命はつながっているとあらためて感じた。現在、人類の活動により地球の生態系が大きな危機を迎えているが、我われは選択できる。多種多様な命が共に響き合い、育みあって命輝く未来社会をデザインしていきたい」と抱負を述べた。

 会場では、専門的立場から万博運営における助言を行うシニアアドバイザーに、河瀬氏と宇宙飛行士の山崎直子氏が新たに加わることも発表された。シニアアドバイザーは、既に就任している建築家の安藤忠雄氏や落語家の桂文枝氏などを含め計15人となる。

 今回は、全体を統括する総合プロデューサーは置かず、シニアアドバイザーがその役を担う。

〈観光最前線〉奈良初のラグジュアリーホテル

2020年8月2日(日) 配信

客室一例

 

 ラグジュアリーホテル「JWマリオット・ホテル奈良」が7月22日、奈良市内に開業した。マリオットブランドの中でも最上位の「ラグジュアリー」に位置する「JWマリオット」ブランドの国内1軒目で、同県初の外資系ラグジュアリーホテルだ。

 客室数はスイート16室を含む全158室。奈良の自然美や伝統をコンセプトに、鹿の角を表現したオブジェで客室壁面を表現するなど、館内随所に鹿をモチーフとした装飾がちりばめられている。

 ミニ菜園「JWガーデン」も備え、ゲスト自らハーブなどを手摘みし、それをカクテルや料理で提供するなどの演出を行うという。

 宿泊者数が少なく、日帰り旅行が多いと指摘されてきた同県。滞在型観光に向けた新たな起爆剤となるか注目だ。

【土橋 孝秀】

〈旬刊旅行新聞8月1日号コラム〉もう、8月 生命力にあふれた蝉の声に夏を知る

2020年8月1日(土) 配信 

生命力にあふれた蝉の声に夏を知る(イメージ)

 もう、8月なのだ。7月の東京はずっと雨が続き、新聞校了日の今日も雨が降っている。

 
 今年は季節の移り変わりを感じる機会が極端に少なかった。外出時には常にマスクをしているため、それぞれの季節に咲く植物が発する強烈な香りを感じることもあまりなかった。

 
 ニュースも暗い話題ばかりが多く、気づけば、夏真っ盛りの8月になっている。

 

 
 先日、やはり午前中に雨が降っていたが、溜まっていた洗濯物を干そうとベランダに出たときに、山の稜線に沿って青空が見えた。

 
 「真っ青な空を見たのは、本当にどれくらいぶりだろう」としばらく空を眺めていた。

 
 乗る機会が減っていたオートバイを出して、久しぶりにエンジンをかけた。懐かしいエンジン音と振動が全身に伝わってきた。かすかに震える燃料計を見ると、ほぼ空状態だった。

 
 それで、近くのガソリンスタンドに行き、レギュラーガソリンを満タンにして宮ケ瀬湖までの自然に囲まれた、自分のお気に入りのツーリングコースを走った。これが今の私の一番の気分転換なのだ。

 
 交通量が極限まで少ない一本道を、誰とも会わずに、オートバイで走り抜けることで、知らぬ間に蓄積していたストレスが発散されていくのを感じる瞬間なのである。

 
 すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 
 蝉の声だった。長く続く梅雨の湿った土の中で、飛び立つ日を待ち望み、そして一瞬、晴れ渡った空に夏を感じ取ったのだろう。もう、待ちきれずに、地表に現れ、力の限り鳴き始める。私は生命力にあふれた蝉しぐれを聞きながら、今年初めて、夏という季節の到来を感じた。

 

 
 そういえば、「旅行新聞バイク部」が今年5月に発足したものの、新型コロナウイルスの感染拡大や、長い梅雨もあり、ほとんど活動が行われていない。現状は自主練がメインである。

 
 ただ、このコロナ禍で公共交通機関をできるだけ避けようと思ったときに、オートバイの存在価値も少しは高まっているのではないか。「いつでも乗れる」という心理的な余裕だけでも、精神的な癒しにつながっている。

 
 現代は、クルマを所有しないでシェアする傾向が強くなっている。クルマを所有することを負担に感じる人たちには、便利なシステムで、これからの社会も、おそらくその流れが広がっていくのだと思う。

 
 一方で、クルマやオートバイの所有にこだわる人たちもいる。乗らないときにも経費はかかるし、故障したときには整備をしなければならない。

 
 だが、愛着が湧いてくるというのは、所有の利点でもある。高級車やスポーツカーなどカッコイイ必要はない。オンボロ大衆車であっても、パワー不足でスピードがノロくても、可愛いらしく思えてくる。

 

 
 しばらく乗らないでいると、エンジンの回転もイマイチで、不機嫌な印象を受ける。それでも、なだめすかしながら乗っていると、調子と機嫌を取り戻すことも多々ある。

 
 とくにオートバイはエンジンの振動が乗る者の全身に直に伝わってくるので、無言の会話を楽しみながら、旅をすることができる。目的地よりも、旅の過程を楽しむには、最高の相棒である。

 

(編集長・増田 剛)

 

中部国際空港、「風の湯」営業再開へ 飛行機眺める展望風呂

2020年7月31日(金)配信

営業再開する「風の湯」

 中部国際空港(犬塚力社長、愛知県常滑市)は8月1日(土)、第1ターミナル4階にある飛行機を眺める展望風呂「風の湯」の営業を再開する。

 「風の湯」は、中部国際空港セントレアの第1ターミナル4階にある。日本で初めて飛行機を望める展望風呂として、飛行機を利用する人だけでなく、空港に遊びに来るお客にも人気。風呂からは伊勢湾に沈む夕日を眺められ、屋外にある展望デッキから離着陸する飛行機を望める。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響により、4月16日(木)から臨時休業していた。再開後は風呂を利用した先着300人へのプレゼント配布や、オリジナルグッズの販売(8月8日から)を行う。

 なお、新型コロナウイルス感染症対策として、検温の実施や定期的な消毒・清掃、浴場内サウナの同時利用者数の制限、脱衣所ロッカー数の制限なども行われる。

 営業再開は午前9時~午後6時(最終受付は午後5時)、通常は午前8時~午後10時(最終受付は午後9時)。入浴料は大人1050円、子供650円、幼児210円(幼児以外はタオル・バスタオルのレンタル料込み)。

30~50年に一度しか開花しない「アガベ・テキラーナ」が見ごろ 沖縄県・東南植物楽園

2020年7月31日(金) 配信

開花した「アガベ・テキラーナ」

 東南植物楽園(宮里高明園長、沖縄県沖縄市)は、テキーラの原料となる植物「アガベ・テキラーナ」を展示している。100年に1度だけ開花する言い伝えからセンチュリープラントの別名があり、開花に要する時間は原産地の良好な環境では15年、日本では30~50年ほど。7月26日に開花を確認し、見ごろは8月上旬まで。展示は古株になるまで継続する。

 アガベ・テキラーナはメキシコ原産の多肉植物。葉は剣のような形で根元から放射状に伸び、葉の長さは1㍍以上にも達するものもある。開花の際には下葉が枯れ、アスパラガスのような花茎が急速に伸長する。この種は生涯に1度だけ花が咲き、結実すると枯れる一回結実性の植物としても知られている。

 東南植物楽園は、日本では珍しい約1300種類の貴重な植物が鑑賞できる屋外型植物園。植物ガイドと巡る園内ツアーをはじめ、癒し・健康をテーマにしたレストラン「PEACE」や体験プログラム、動物ふれあいなど、豊富なプログラムを楽しめる。

施設概要

施設名:東南植物楽園(Southeeast Botanical Gardens)

創立:1968年3月

所在地:〒904-2143 沖縄県沖縄市知花2146

アクセス:那覇空港から車で約50分、沖縄自動車道経由沖縄北IC降車

営業時間:月~金曜日午前9:00~午後6:00(最終受付午後5:00)

※土・日・祝日は午前7:00オープン(9月27日まで)

※営業時間は変更となる場合がある。

※新型コロナウイルス感染防止のため、一部営業内容を制限している。

【特集No.560】オーベルジュ 山ぼうし 1客と真正面から向き合いたい

2020年7月31日(金) 配信

 高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客の強い支持を得て集客している宿の経営者と、工学博士で、サービス産業革新推進機構代表理事の内藤耕氏が、その人気の秘訣を探っていく対談シリーズ「いい旅館にしよう! Ⅲ」の5回目は、「オーベルジュ 山ぼうし」(福岡県糸島市)の小林美智代女将が登場。カフェスタイルのサービスでは、十分に対応ができないためクレームが生じていたが、1日1組限定で「お客様と真正面から向かい合う」スタイルに変化を遂げる過程を、内藤氏とともに語り合った。

【増田 剛】

 小林:生まれは福岡県北九州市の小倉です。実家は小倉で茶懐石の料亭「向陽庵」を営んでいました。
 この糸島で古民家を購入して「季節料理 浮岳茶寮」を始めるときに、「こんな場所にお客が来るわけない」と周囲の人に言われました。でも、向陽庵も小倉の街を見下ろす山の上にあり、完全予約制でやっていましたので、街中の路面店よりも自然に囲まれた山の中のお店というのが、自分にとっては慣れ親しんだイメージでした。
 30代から40代の初めまで東京で仕事をしながら生活をしていました。
 そのときに、「東京は住居と職場までの通勤アクセスが大変だ」と感じました。糸島は海や山に囲まれ、自然に恵まれているにも関わらず、博多から近い。福岡空港からのアクセスもとてもいいので、お客様を迎える環境としては抜群の立地だと思っています。

 内藤:向陽庵はどのようなスタイルでしたか。

 小林:仕舞屋だった建物を改修したものでした。母がお茶を教えていましたので庭に茶室を作りました。父方は代々、能が好きだったので、能舞台も構えました。
 昼は茶室と桟敷席で本席、ホタルの時期は京都の川床のように、川で食事を提供していました。
 夜は地元の企業経営者や、政治家らが「顔が差す」ことなく利用できるように配慮し、せいぜい2―3組でした。私も東京で仕事をする31歳まで接客や料理の仕込みなども手伝っていました。

 内藤:どうして東京で就職しようと思ったのですか。

 小林:高校、大学も福岡市内だったため、「九州を出て自分が社会に通用するのか試してみたい」という気持ちが強かったのだと思います。
 食品販売やレストラン事業を展開する地元企業に就職して、上京しました。ちょうど東京に進出し、首都圏や全国のデパートなどに出店していく時期でした。その準備やパートさんの採用、本社と経理、総務部などの間をつなぐ役割を担っていました。
 社会に通用するのか知りたくて就職したため、固定観念がまったくない状態で、「何でも身に着けたい」という一心でした。
 目の前で行われている業務は「何が行われているのか」を常に考えていました。ゼネラルマネージャーらが棚卸をする作業を見ていると、「社員総出でやらなくても、女性社員だけでもできる」と感じました。ムダなものは止め、効率よく変えていきました。パートさんの出退勤や売上などが一目で分かる仕組みづくりにも取り組みました。
 すると社長に呼ばれて、各店舗の損益計算書などを手渡され、「すべてのデータを見て評価制度を作るように」と言われました。各店舗の目標や予算の管理も担い、最終的に関東地区の営業副本部長になりました。
 当時は集約したデータは経理だけが持っていましたが、電機メーカーなどと協力して社内全体で共有する仕組みを作っていきました。九州での勤務に移ったころ、母の介護を理由に会社を辞めました。実家の向陽庵は閉めており、調度品なども移さなければならなかったので、大学時代にもよく訪れていた糸島で物件を探しました。
 「自分は何ができるだろう」と考えたとき、「初めて着手する事よりも、ずっと実践していた事を始めるのが一番早い」と思いました。企業にも勤めていましたが、実家が料亭という、DNAのようなものを生かすのが最適だと決断しました。糸島の古民家を改修して、完全予約制の懐石料理の店「季節料理 浮岳茶寮」を開業したのは2006年です。

 内藤:スタートしたときは、どのような感じでしたか。

 小林:最初はノウハウもまったくないので、実家がやっていたような完全予約制で昼1組、夜1組限定で始めました。少し慣れてから、「離れ」の古民家をカフェにして、コーヒーとケーキなどを提供していました。
 そうすると、お客様はカフェがあるので食事ができると思って来られるようになりました。
 「すみません、懐石料理の完全予約制です」とお答えすると、周りにレストランもない場所なので「何でもいいから食べられるものを出してくれ」と言われ、実家で人気だった「タンシチュー」をランチに単品で出すようになりました。
 もう一つ、松花堂弁当にご飯とお刺身と、炊き合わせ、八寸を詰めて、お汁を付けた和御膳も提供するようになりました。これらは喫茶メニューとして、予約なしで提供しました。
 私は還暦を迎えたときに、働き方を変えようと思い、定休日は月曜日のみだったのを、月・火曜日の2日にしました。
 母が倒れてからは、休みの日は母の病院に行くため、自分の時間はほとんどありませんでした。母が亡くなって1年ほどしてカフェをやめ、「離れ」を1日1組限定の「宿泊棟にしよう」と思いつきました。

 内藤:どうしてそう思ったのですか。

 小林:暇なときは暇なのですが、ゴールデンウイークなどは、料亭も予約で一杯になります。
 カフェは予約制ではなくウォークイン(飛び込み客)ですから、料亭とカフェを行ったり来たりでドタバタしてしまいます。料理の出し忘れもあり、あるとき、東京から来られたご夫婦から長い手紙をいただきました。
 「とても残念でした」との内容で、その手紙を受け取ってから1週間、落ち込みました。対応したスタッフも泣いていました。多忙のあまり、全体を見ることができなかった私の責任でもありました。
 それで、クレームが発生しやすいカフェをやめる決断をし、宿泊ができる「オーベルジュ」スタイルにしようと思いました。そうすると、1日1組のお客様に真正面から向かい合うことができると思ったのです。
 場所柄、夜のお客様はほとんどない。車でしか来られないし、お酒も飲めない。それまでも母屋で食事をされたお客様が離れを見て「あちらで宿泊できますか」としばしば聞かれました。
 お客様にそのように映るというのなら、それが自然の姿。「宿泊棟にした方がいい」と考えたのです。私も年齢的に、1組のお客様とお話をしながら、ゆっくり料理とお酒を楽しんでいただくスタイルが合っていると思いました。
 それが約3年前です。最初は民泊を始めようと思いましたが、ちょうど簡易宿所の法律が変わるころで、規制が緩和されるのを待ちながら、改装などは進めていました。昨年8月5日に営業許可がおり、「オーベルジュ山ぼうし」をオープンしました。

 内藤:年齢とともに仕事のスタイルも変えていますね。

 小林:今年2月からウォークインのタンシチューと松花堂弁当はやめました。準備も人の配置も大変です。でも、やめると決断する前までは続けようと考えていました。
 それは、売上が立っているからです。この売上を捨てられるかどうか。正月に決算の数字を眺めていたら、「売上の減少分をオーベルジュでカバーすればいい」と思いました。オーベルジュの方が売上は少なくても、利益率ははるかに高い。そう考えた時に、カフェをやめようと思いました。その方が体もラクですし、1日1組限定だとお客様に対してもしっかりとサービスができます。
 今まで来てくださったウォークインのお客様から電話がかかってくることもあり、申し訳ない思いもありますが、やはり客層が違います。ウォークインのお客様が「オーベルジュ 山ぼうし」につながればいいのですが、客層がまったく別なのです。 
 異なる2つの客層を維持していくエネルギーを、オーベルジュに絞って投下していく方がいいと判断しました。

 内藤:売上は減ることが前提ですが、利益は上がると見ていたのですか。

 小林:客単価が違うので、売上は維持、あるいはそれ以上を目指しています。
 営業利益はランチのウォークインをやめても、その売上の半分を「オーベルジュ 山ぼうし」で計上できれば、利益は4倍ほどになります。売上が同等を維持できれば、利益はさらに大きくなります。
 ただ、怖いのは「山ぼうし」のお客様がリピートしてくれなければならないことです。予約がコンスタントに入るようになれば、私1人ではできない部分に人を入れていこうと思っています。
 「山ぼうし」のオープンの際には、料理を食べに来ていただいた知り合いにも内見してもらいました。そして、気になったことや、あまり良くないと感じたことなど、とにかく何でも気づいた点を言ってもらいました。できることはすぐに改善し、お金がかかることは、売上が上がって余裕ができたらすぐに着手する予定です。

 内藤:どのような意見がありましたか。

 小林:客室にはあえて時計を置いていませんでしたが、高齢の方から「時計がほしい」との声がありました。高齢者はスマートフォンで時間を見る習慣がないので、朝目が覚めたときに知りたいとのことでした。
 「部屋にテレビを置いていないのはいいが、ラジオが聴きたい」という声がありました。一方、若い世代からは「ブルートゥースで好きな曲を楽しみたい」との要望があり、リビングにステレオシステムと各部屋にスピーカーを備え付けました。
 女性のお客様が多いので高品質なアメニティをそろえました。
 2階の布団が1枚では背中が痛かったというので、マットレスも備え付けました。
 骨董の器を使っているので、「テーブルクロスが滑って粗相があったら申し訳ない」との声もあり、テーブルの下にクロスのすべり防止シートを教えていただきましたので購入しました。

 内藤:お金がかかることでやらなければならないものはありますか。

 小林:季節がいい時期は海までサイクリングができるように、電動アシストの自転車が数台あればいいなと思っています。それと、裏山を整備してバーベキューができるようにもしたいですね。

 内藤:先ほど「リピーターがいなければ怖い」と話されましたが、お客が満足するために改善していきたいと思われる工夫はありますか。

 小林:やはり料理ですね。環境はどうしようもない部分はありますが、民宿ではなく、オーベルジュとしたからには、季節ごとの料理を楽しんでいただけるように、料理をもっと、もっとレベルアップしていきたいと思っています。
 そのためにも自分の自由な時間がほしい。同じようなコンセプトで経営している小さな宿やオーベルジュなどに泊まり、「お客様に支持を得ているのはどうしてなのか」など、実際に行って勉強したいですね。
 自分だけで考えても、お客様の視点にならないと分からないことだと思います。

 内藤:一見(いちげん)のお客と、リピーターとでは、提供する料理も違うと思うのですが。

 小林:お出ししたメニューは、宿泊客でなくてもすべて記録として残しています。季節がずれていたら、まるっきり変わりますが、同じ季節だと前回と同じメニューになるので、できるだけ重ならないように努力して、喜んでいただきたいと思っています。

 内藤:予約の時にお客と話し合われ、要望を吸い上げていくのですね。

 小林:そうです。到着したら、チェックインのときに抹茶と、手作りの和菓子をお出しします。少し一服していただいて、雑談の中でお客様のお食事の時間や、「タンシチューのお肉は大丈夫ですか」など、さまざまな情報を得ることができます。

 内藤:味付けなどはどうしていますか。

 小林:「料理の味付けが合う」とおっしゃっていただいています。「美味しい」と言われるよりもうれしいですね。

 内藤:合うというのはどういうことですか。

 小林:炊き合わせでは、私は一つひとつの素材に合わせて味を付けますが、「それがうれしい」と言っていただけます。雑多に同じ味付けをすると、どうしても飽きてしまいます。でも、本来は煮物ではなく、炊き合わせなので、一つずつ炊いて合わせるものです。その細かな味付けの違いを感じ取ってくださるお客様が多いですね。

 内藤:味がそれぞれ違うから、飽きない。だからリピートする。

 小林:例えば、炊き合わせで鯛の真子をショウガで炊いて、何を合わせるかと考え、南瓜もあれば、サツマイモを甘露煮したものもあります。でも、やっぱり真子をメインとするならば、春の山菜を薄っすらと炊いて、青物よりもワカメの方が真子を引き立てるかなと考えます。そのとき、何をメインにして、どうお客様に喜んでいただくかですね。
 若い人が中心ならば、強い味付けの方が好まれるかもしれませんが、高齢のお客様が多いので。味の強いものは街中でも食べられますが、「里山に来たら素材を味わって楽しんでいただきたい」という想いがあります。
 フキノトウでも、ツワブキでも、食べたら口の中で香りがするような、赤米だったら口の中でもちもちっとした触感を楽しめるように、白米と赤米の配合はしっかりと考えます。料理は科学の世界だと思います。

 内藤:若い方でも薄口の料理は喜ばれるんじゃないですか。

 小林:出汁をきちんと取っているからでしょうか。お椀などは一番出汁で、お野菜を炊くのは二番出汁で、そうすると、それほど技術が必要なくても基本の味は出せます。お出汁はきちんと引こうと思っています。

 内藤:今後の計画は。

 小林:夢を語らないと実現しないので、語らせていただきますと、「オーベルジュ 山ぼうし」が「1年先まで予約でいっぱいになるお店」になることです。1日1組なので、そのくらいは夢を見ていいのかなと思っています。
 それが実現したら、お昼や夜に「浮岳茶寮」のお客様は取らず、オーベルジュだけをゆっくりとやります。1日1客。まさにお茶の世界です。
 茶事は亭主1人で、おもてなしできるお客は5人までです。私自身も「目配り」「気配り」「心配り」できるのは、5人までが精一杯です。そのようなお店でありたいと思いますし、それで経営が成り立っていければいいと思っています。

 内藤:将来の目標よりも、現状から次のステップは常に明確に見えているということですね。

 小林:次のステップは自分が考えなくても、置かれた環境や、関わりのあるお客様から教えてくださる感じです。クレームも同じだと思います。

 内藤:クレームもあとはどう吸収するかで今後に生かせます。

 小林:いつも思うことは、「クレームこそ、ありがたい意見」として受け止めています。
 私も客としてレストランや、ホテルに宿泊してサービスが悪いときでもクレームは言いません。
 お金を払って文句を言って帰るのは、すべてが台無しになり、後味が悪いからです。それが分かっているから、思ったことをはっきりとおっしゃっていただくことは、とてもありがたく感じます。
 ですから、「ありがたい」という想いを、必ず伝えるようにしています。そうすると、お客様は後味悪さが少し薄まり、「言ってあげてよかったな」と思っていただけるかもしれません。そして、「また来ます」と言っていただけることが多いです。
 お客様と一緒に楽しみながら、最低80歳まで現役でいたい。料理の勉強もまだまだ極めたいと思っています。 

 ――ありがとうございました。

【全文は、本紙1801号または8月6日(木)以降日経テレコン21でお読みいただけます。】

【北海道 東川町】世界でも希少なピアノ“ベーゼンドルファー”を楽しめる「小西健二音楽堂」 音楽施設として再スタート

2020年7月31日(金)配信

 北海道・東川町は、町内中心部にある「小西健二音楽堂」の音楽利用での本格的な運用をスタートさせる。これまではゲストハウスとしての利用が中心だったが、設置されている世界でも希少なピアノ「ベーゼンドルファー」などの価値を再認識し、音楽利用を軸とした“音楽の家”として生まれ変わる。

 小西健二音楽堂は、音楽を楽しむために小西健二氏が建てた自邸を、本人の遺志で東川に寄贈した施設だ。施設内には、ベーゼンドルファーのモデル170に加え、装飾も美しいチェンバロも設置され、それぞれ利用することができる。ベーゼンドルファーは、現存する最古のピアノメーカーとしても知られ、1828年オーストリアのウイーンにて創業以来、各国の王室や皇室の御用達として採用されてきた。生産したピアノは世界で累計約5万台と希少で、クラシックからジャズまで多くの音楽家に愛されている。

 施設の利用・運用は東川町在住の音楽ユニット「ドートレトミシー」がサポート。音楽練習の他、週末音楽合宿やFM番組の収録など、幅広い利用を展開する。音楽愛好家やファミリーの音楽利用を中心とした滞在を楽しめる場所として、また音楽家のワーケーションの拠点としてもおすすめだ。