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「街のデッサン(225)」遠きにありて思うもの 行けなかった旅も、また“うら楽しい”

2020年1月4日(土) 配信

ヴァンドーム広場の静寂な飾りが懐かしい

 大学の勤めをリタイアしてから、時間の束縛から解放された。教師稼業は個人経営の小商いだから、会社勤めからすればかなり自在で、それでも週の何日間かは大学に出て授業やゼミ、教授会をクリアしなければならない。研究室や家に居ても、専門分野の研究・発表を義務付けられ、試験の採点など雑務も多い。私などは四六時中、頭の中で思念しているから、考え方によっては24時間束縛されているともいえる。

 しかし、どこに居ても思念は可能で空間的制約は少ない。私が大学人を選んだのは、そんな理由で旅やフィールドワークが気軽だったことだ。それも大学を退任すれば本当に自由人だ。

 自由人とは、私にとって自在な旅人になることだ。そうなってみて最初に考えたことは、フレンチセオリーと呼ばれる近代哲学の揺籃の地であるパリで、気ままな暮らしをすることであった。深く影響を受けたベンヤミンの都市研究のコアとなったパッサージュが今も20カ所ほど残り、毎年何週間はどこか小さなアパルトマンに錨を下ろす。それは観光旅行を超えて、いわば「閑恒旅行」とでも。

 すなわち、ただただ暇を持て余すように近所のカフェで時間を潰し、セーヌの河岸や近隣公園を散歩する。週の決められた曜日に開かれる路上のマルシェで買い物し、持ってきた本を読み、時に駄文をしたためるという暮らしである。要するに、パリに滞在しているからといって、東京の暮らしとさほど変わらない時間を過ごすことが楽しいのだ。

 今年(令和元年)も12月初旬から2週間、エッフェル塔の近くに小さなアパルトマンを借りて、暮れのひと時を過ごすことにしていた。ところが、夏から秋にかけて少々仕事が立て込み体調を壊してしまった。齢も齢だから、直行便でも10時間を超える旅は身体にきつい。妻の調子もいまいちということで、残念にも回復を待つことにした。

 丁度パリでは、12月5日から近年に無かった規模で、年金改革へのストが始まった。報道では、スト参加者が全国で80万人に膨らみ、前年の「黄色いベスト」運動の20万人を上回った。パリでは地下鉄もバスもほとんど運休、シャンゼリゼのカフェでは観光客の姿はない、としている。マクロン政府はこの制度改革は今しかないと強気で、しばらくは止む気配はない。

 妻とは「行かなくてよかった」と話してはいるが、ヴァンドーム広場のクリスマスの飾り付けや街の暮れに向かう影絵模様が懐かしく、室生犀星の「遠きにありて」の一節を朗読したりしているのだ。

コラムニスト紹介

望月 照彦 氏

エッセイスト 望月 照彦 氏

若き時代、童話創作とコピーライターで糊口を凌ぎ、ベンチャー企業を複数起業した。その数奇な経験を評価され、先達・中村秀一郎先生に多摩大学教授に推薦される。現在、鎌倉極楽寺に、人類の未来を俯瞰する『構想博物館』を創設し運営する。人間と社会を見据える旅を重ね『旅と構想』など複数著す。

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