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「登録有形文化財 浪漫の宿めぐり(93)」(佐賀県唐津市) 旅館綿屋 ≪堅牢で凝った造りの建物は炭鉱王の別荘≫

2019年1月4日(金) 配信 

重層の瓦屋根が美しい玄関付近。2階屋根の棟には風圧を弱める隙間が作られている

いくつもの屋根瓦の重なりが見事だった。前庭の木々の緑と相まって、落ち着いた瓦の色や桟格子のある窓などが和風建築の良さを漂わせていた。

 建物は木造3階建て、桟瓦葺きで寄棟造り。もともとは唐津の炭鉱で財を成した田代政平が別荘として建てたものである。建築は1905(明治38)年頃とされ、その建物を綿屋が入手したのが1933(昭和8)年頃。後に増改築はあったが、当初部分の外観に大きな変化はない。

 綿屋を営む川添家は、江戸期に唐津市木綿町で綿花の販売をしていた。同時に鮮魚なども扱い、料亭でもあったため、1826(明治9)年の割烹わたやの創業につながった。現在の旅館名は綿の小売業や、店のあった木綿町に由来するなどの説がある。旅館としての登録は1951(昭和26)年にされている。

 割烹わたやの創業から数えて、現在の主人の川添晃さんは5代目にあたる。田代政平から建物を取得した川添次郎は3代目。「商才があったのではないか」と今の女将の悦子さんは言う。それは割烹旅館で資金を蓄えて今の建物を購入し、間もなく3階の増改築などを行ったことからも推測できる。太平洋戦中・戦後の接収を乗り越え、料理のうまい唐津の一番旅館との評を得るまでになった。

 建物内部は書院造りを基本にした和風の装い。登録有形文化財は玄関やロビー回りなどのほか、全12の客室のうちの8室。なかでも建築当初の面影が色濃いのは1階の浦島と1つだけある洋室の赤獅子だ。8畳間の浦島は1間幅の床の間に北山杉天然絞り丸太の床柱があり、書院欄間は熨斗をかたどった透かし彫り。秋田杉を使った平天井は、大きな一枚板のように継ぎ目が見えない。手掛けた宮大工の面目躍如である。造りも堅固で、2005年に起きた震度6弱の福岡県西方沖地震でも瓦が少し落ちただけだったという。

 洋室の赤獅子は離れの趣で羽目板張りの外壁に白ペンキ塗り。かつての入り口だったドアの蝶番にまで彫り物があるのは、見えにくいところに技を用いた職人の心意気だろう。室内は3㍍余りの天井高で開放感があり、シャンデリアの下がる部分にはヒマワリをかたどったような木製の飾りがはめ込まれている。白漆喰塗りの壁とクラシックな上げ下げ窓。玄関脇に応接室を作るのが流行った昭和初期の時間が息づいている。
 客室以外の見どころは玄関付近だろう。起りのある入母屋造りの屋根には、真綿を束ねた模様が彫られた鬼瓦が乗る。旅館の歴史を伝えるものだ。玄関の天井は亀甲型に組んだ格天井で、屋久杉を用いた天井板の木目が面白い。

 宿泊の中心は50歳台以上のゆとりある人々だが、この数年は若い女性客も目立つ。若年層には古い造りが新鮮なようだ。技術と意匠の美しさにも目が向けられるといい。

 

コラムニスト紹介

旅のルポライター 土井 正和氏

旅のルポライター。全国各地を取材し、フリーで旅の雑誌や新聞、旅行図書などに執筆活動をする。温泉、町並み、食べもの、山歩きといった旅全般を紹介するが、とくに現代日本を作る力となった「近代化遺産」や、それらを保全した「登録有形文化財」に関心が強い。著書に「温泉名山1日トレッキング」ほか。

 

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