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「原発神話」崩壊――受益者の言葉は疑え(5/21付)

2011年5月21日
編集部

 1986年4月26日、チェルノブイリ原子力発電所の事故が発生した。高校生だった私は、放射性物質が日本まで流れてくるという噂を聞き、初夏の澄み渡った青空を眺めながら、恐怖を感じた。原子力発電所という存在を正式に知ったのは、多分その時だろう。

 RCサクセションの忌野清志郎が反原発ソング「サマータイム・ブルース」を唄ったのが1988年のこと。歌詞の一部はこんなだ。
 熱い炎が先っちょまで出てる/東海地震もそこまで来てる/だけどまだまだ増えていく/原子力発電所が建っていく/さっぱりわかんねぇ、誰のため?/狭い日本のサマータイム・ブルース
 所属レコード会社の東芝EMIは、原子炉を供給する東芝が親会社であるため、同曲を含むアルバムを発売中止としたが、忌野清志郎は他社から発売し、ヘルメット姿で強烈なメッセージを浴びせかけた。20年以上経った2011年に、再び「あの歌」が甦ってきた。
 1988年といえば、日本は泡沫経済の狂乱の宴に酔い痴れていた。右肩上がりの経済発展を背景に、日本の技術への信頼は自他ともに揺らぎを知らず、そのなかで着実に「原発神話」が醸成されていった。政と官、利権を持つ産業に加え、高額の報酬を受ける御用学者が「原発安全」を国民に植え付けてきた。国民から、原発の安全性に関する議論も封じてきた。
 しかし、2011年3月11日、「原発神話」は崩壊した。「想定外」という言葉が連発されるなか、日本は世界に冠たる地震大国でありながら、地震に対する安全面の想定がなんと低かったことか。茫然とした。
 事故後、責任の所在も明確ではない。地域における一社独占体制という癒着が生じやすい構造のため、政官産の責任転嫁によって結局、被害を受けた国民に責任が回るだろう。東電の社長と会長が報酬を7200万円から3600万円に半減するというニュースが流れてきた。あんまりフザケないほうがいい。
 「原発がないと電力を賄えない」という。果たして本当か? 「自然エネルギーはコストがかかる」という。本当に本当か?
 原発推進によって目に見えないかたちで利益を受ける人の言葉ではないのか? 確認した方がいい。
(編集長・増田 剛)

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