秋田県・ふけの湯温泉 ふけのゆ・阿部 剛右(あべ・ごうすけ)社長に聞く

  • 2017-7-21

阿部 剛右社長

 秋田、青森、岩手県を跨ぐ八幡平最古の秘湯として知られる、ふけの湯温泉ふけのゆ(阿部剛右社長、秋田県鹿角市)。宝永年間(1704―1710年)から現在に至るまで、多くの秘湯ファンに愛されている。今年6月、この秘湯の宿に、枡風呂・樽風呂に続き、岩風呂が完成。また一つ新たな魅力が加わった。剛右社長の母・恭子(きょうこ)女将(会長)が作る山菜料理も 〝すべて手作り〟という徹底ぶり。「お客様には心身ともに元気になって帰ってもらいたい」と話す。
【増田 剛】

山菜料理はすべて手作り、岩の野天風呂も新たな魅力に

 十和田八幡平国立公園の頂上近くに位置するふけの湯温泉。標高約1100メートルの地に、白い蒸気がもくもくと上がっている。

 1953(昭和28)年に建てられた本館は、昭和の学校の校舎のようだ。中に入ると、磨かれた廊下が光っている。とくに夜は淡いライトの反射光が綺麗だ。「『昔の面影が残る古い施設がいい』とおっしゃっていただけるお客様も多く、なんとか現状を維持させることを考えています」と剛右社長。古民家を移築して、似たような近代的デザインに改築する施設が増えているなかで、「素朴な『古さ』も個性の一つなのかなと思っています」と語る。

阿部 恭子女将

 その一方で、時代の流れに沿った施設の「使いやすさ」も追求している。食事処は高齢の宿泊客に配慮して、小上がりをすべてイス・テーブル席に変えた。1階のトイレをバリアフリー化し、車イス、スロープも整備した。客室も少しずつリニューアルしている。 

 現在は新館の3室に加え、本館1階部分の5室がトイレ付客室。2階の18室と合わせて計26室。今後、昔ながらの2階客室についても、和洋室に改築していくことも視野に入れている。「ベッドを入れても、畳の間は残したいですね。自分もほかの旅館で温泉に入ったあとは、大の字になって冷たい飲み物を飲みたい。この感覚に共感してもらえるお客様はきっといるはず」と笑う。 

 岩風呂を自分たちで造る

 「多くの人に来ていただく動機付けになれば」と、枡風呂・樽風呂に続き、今年6月、新たに岩で組み上げた野天風呂を自分たちの手で造った。

 「敷地の中はどこでも泉質の異なる温泉が沸いてきます。お風呂をたくさん造って、『お客様が好きなお風呂に入れるようにしたい』という夢をずっと持っていました」と恭子女将は話す。「源泉の温度が高いので、蒸気を使ったスチームサウナもできるのではないかと思っています」と剛右社長も乗り気だ。

枡風呂、樽風呂に続き、岩風呂も完成(手前)

白い蒸気が上がるふけのゆ。秘湯ファンにはたまらない

 先進的な湯治場

 福岡県で生まれ、東京で育った恭子女将は、1963(昭和38)年に先代と結婚すると同時にふけのゆに入った。

 それから10年後の73年のことだ。山崩れが発生し、敷地内の山側の湯治場がすべて押しつぶされた。幸い宿泊客は全員無事だった。当時は常時600人から多い時は1千人の湯治客がいたという。その湯治客が行くところがなくなり、近くの後生掛温泉や玉川温泉に流れて行った。

 「こんな山奥ですが、浄化槽をつけてウォシュレットのトイレを整備したのも近隣では最初でした。ベッドを導入したのも早かったですね。山の上の半年経営ですが、湯治客は年間10万人を超えていました。館内の売店も昭和40年代で100万円の売上がありました」と振り返る。恭子女将が結婚した当時、色々な惣菜を作り、湯治客には好評を得ていた。

 料理はすべて手作り

 女将は今も厨房に立つ。忙しい時は朝4時に起きて山に登って山菜を取り、夜10時まで座ることもなく働いている。

 料理はすべて手作り。味付けも出し汁をベースにして無添加というこだわりようだ。「温泉と自然環境と、料理が特徴です。素朴さもお客様には喜ばれます。リピーターは多いですね」と語る。

 宿の基本となるモットーは「お越しいただいたお客様に内側からも、外側からも元気に帰っていただく」こと。「内側は料理で、外側は自然環境と温泉で、すっきりリフレッシュして帰ってもらいたい」という強い思いが伝わる。

 「海の幸に比べるとお膳の華やかさには負けますが、標高約1100㍍の山の宿では、マグロの刺身を出すよりも、川魚を出したいと思っています」と剛右社長は力を込める。「その日に採れた山菜でメニューも変わります。夕食に合わせてぎりぎりに作っており、でき上がる直前に変更したり、どんなメニューになるのかわからないので、お品書きもありません」。このため、スタッフがお客とコミュニケーションを取りながら説明している。

すべて手作りの山菜料理

 フキノトウやコゴミ、ワラビ、アザミ、フキ、アイコ、ミズなど季節の山菜を、剛右社長と、もう1人のスタッフが採り歩いている。「お客様には新鮮で、美味しい食材で料理したい。買うことは簡単ですが、それだと自分の目で食材を選ぶことができません。同じ場所に生えている山菜でも、食べて美味しいものと、そうでないものがあります。せっかくお越しいただいたお客様にお出しする山菜は、自分の足で採り歩き、自分の目で選びたい」と強調する。極力、生のものを使っている。「採りに歩く方が人件費もかさみます。そして、採ってきた後の処理がすごく手間が掛かるのです」と話す。「買って来た山菜はすでにアク抜きが終わっているものもあります。採って来て、すぐに茹でて食べられると思われるかもしれませんが、実際は茹でた後に水に浸して、アク抜きをして、その後皮を剥いだり、色々と手を入れなければなりません」。

 イワナやニジマスなどの川魚は、岩手県側の岩手山と八幡平の湧水で養殖しているところから持って来て、自館の水槽に入れる。事前に連絡し、エサをやらないようにして臭みを抜く作業を行う。さらにふけのゆの沢水で数日間置くことで臭みをとり、ようやく刺身や焼き魚にして提供する。「川魚が苦手なお客様もいらっしゃいますが、『食べてみたら美味しい』とおっしゃっていただけるお客様が多いですね」という。「自分たちが手間を掛けることによって自信を持てる料理をお出ししています」と剛右社長は話す。

 以前、春にフキノトウを出すと、宿泊客から「その辺で採ってきたものを手っ取り早く出しやがって」と文句を言われた。「でも、そのフキノトウでさえ、本当に美味しいものを選んで採り歩いてきたものなのです。苦味のあるものや、柔らかいものなど、その色と葉で見分けがつくものなのです」。

 一方、「『手が掛かる山菜の料理をこんな風に出すなんてすごいね』と言っていただけるお客様も多いです。山菜がすごく手間が掛かることを分かってくださっているのですね」と剛右社長は笑みを見せる。 

 森林セラピー基地に

 今は2―3週間以上の長期間滞在する湯治客はほとんどいないというが、「滞在客には毎日料理を変えます。食材が同じでも調理法や、味付けを変えます」。

 山の宿ならではの工夫はそれだけではない。「救急車が来るにも1時間かかるので、救命講習の指導が可能な普及員の資格を持つスタッフが5、6人います。AED(自動体外式除細動器)も備えています。さらに自然豊かな環境を生かし、森林セラピー基地の認定を受け、女将が森林セラピストガイドの1級の資格を取得している。

 スタッフは現在11人。支配人と経理担当は通年雇用だが、ほかのスタッフは季節雇用だ。「なかなか思うようにいかないのが現状ですが、皆が楽に働けるような環境づくりをしたいと考えています」と剛右社長。人手不足に悩むのは、多くの宿と共通する。

 それでも、「お客さん同士が意気投合して『来年もここで会いましょう』と約束をされることもあります。そういう雰囲気を残していきたい」と笑顔で語る。

昭和の面影を残すふけのゆの外観

磨かれた廊下が光って綺麗

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