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「観光ルネサンスの現場から~時代を先駆ける観光地づくり~(187)」 近代京都のアルカディア「琵琶湖疏水」(京都府京都市)

2020年8月29日
編集部:長谷川 貴人

2020年8月29日(土) 配信

旧御所水道ポンプ室と疏水船の乗下船場

 京都・東山の地下鉄蹴上(けあげ)駅を地上に出ると、南禅寺に向かう赤煉瓦造の小さなトンネル(ねじりまんぽ)がある。トンネル入口の両側には、「雄観奇想」「陽気発處」の2つの扁額がかかる。当時の京都府知事・北垣国道の揮毫である。1890(明治23)年に完成した琵琶湖疏水を記念して書かれた篆書(てんしょ)体の文字である。

 琵琶湖の水を都に引く構想は、平清盛の時代にまで遡る「奇想」であった。延長2436メートルの琵琶湖疏水第1トンネルの掘削工事は困難を極めた。工事に先立ち2本の竪坑を掘った。これも工期短縮をはかる「奇想」であった。工事を指揮したのは工部大学校(後の東京大学)を卒業したばかりの技師・田邉朔郎。まさに日本最初の竪坑であり、日本人だけの手による世紀の大土木工事である。

 1869(明治2)年の東京奠都により、京都の産業は急激に衰退、人口も急減した。このため政府は産業勧業金や洛中の地子免除、産業基立金の下賜を決定し、京都の産業復興をはかった。そのシンボルプロジェクトの一つが琵琶湖疏水の大工事であった。この事業は1930年代世界大恐慌時のテネシーバレー開発を想起する。疏水工事中、田邉らはアメリカコロラド州アスペンの銀山で視察した水力発電所で得た知見から、蹴上と岡崎間の落差を生かして、日本初の営業用発電所(蹴上発電所)を建設。その電力で、京都・伏見間に日本初の電気鉄道(路面電車)を走らせ、紡績、伸銅、機械、タバコなどの新しい産業の振興をはかった。「近代工業都市」京都の誕生である。琵琶湖疏水は、「陽気発する處」となったのである。

 その琵琶湖疏水が、2020年度の日本遺産に認定された。「京都と大津をつなぐ希望の水路 琵琶湖疏水」である。事業を最初に手掛けたのが、疏水を管理・運営する京都市上下水道局だった点も大きな特色であった。今後は、京都から取水口の大津に至る琵琶湖疏水関連の拠点施設を一体的にフィールドミュージアムとして活用すること、疏水沿線の山科区や大津市、伏見区など、京都観光の新しい魅力を創造し、観光の分散をはかるなどが挙げられている。

蹴上インクライン南禅寺船溜まり。正面は船を引き揚げたポンプ室

 既に2018年には大津から蹴上までの「びわこ疏水船」が就航し、予約が取れないほどの大人気である。さらに、今後注目されるのは、蹴上インクラインの復元である。蹴上から先は大きな落差があり、このため蹴上船溜まりと琵琶湖疏水記念館前の南禅寺船溜まりを台車に船を載せて上下した、延長640メートルの傾斜鐡道である。すでに地盤調査も計画されているという。

 琵琶湖疏水は、経済産業省の近代化産業遺産群33以来のお付き合いである。日本の近代化を支えた33の産業物語の中でも一際異彩を放っていた。そんな近代京都のアルカディアに大きな期待を寄せている。

(東洋大学大学院国際観光学部 客員教授 丁野 朗)

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