「観光革命」地球規模の構造的変化(279) 「楽しい日本」という幻想
1月20日(月)に米国のドナルド・トランプ氏が第47代大統領に就任し、米国第一主義を掲げて「米国の黄金時代が今始まる」と高らかに宣言した。強大な権力を手中に収めたトランプ第2次政権は世界に巨大なインパクトを与えることが必至だ。
一方1月24日(金)に通常国会が召集され、石破茂首相が就任後初めての施政方針演説を行った。冒頭で国づくりの基本軸として、故・堺屋太一氏の著書(「三度目の日本:幕末、敗戦、平成を越えて」)に基づいて、日本は明治維新の中央集権体制の下で「強い日本」、戦後復興や高度経済成長の下で「豊かな日本」を目指したが、これからは「楽しい日本」を目指すと方向づけた。
石破首相の目指す「楽しい日本」とは、すべての人が安心と安全を感じ、自分の夢に挑戦し、今日よりも明日は良くなると実感でき、多様な価値観を持つ一人ひとりが互いに尊重し合い、自己実現をはかっていける活力ある国家である。
国が主導した「強い日本」、企業が主導した「豊かな日本」に加えて、今後は国民一人ひとりが主導する「楽しい日本」を目指す方針だ。
石破首相は「楽しい日本」を実現するための核心が「地方創生2・0」で、田中角栄元首相にあやかって「令和の日本列島改造」と名付け、その5本柱は①若者や女性にも選ばれる地方②産官学の地方移転と創生③地方イノベーション創生構想④新時代のインフラ整備⑤広域リージョン連携――。実に空疎な言葉が踊る地方創生策であり、絶望を禁じ得ない。
この約30年間に日本は国力を大幅に減じ、ごく普通の国に成り下がっている。世界的に定評のある国際経営開発研究所(IMD)の「国際競争力ランキング」で、日本は1989年~92年に世界第1位だったが、2024年には38位に低下。とくに政府とビジネスの効率性についての低下が厳しく審査された。
石破首相は演説の冒頭で「かつて人口増加期に作り上げられた経済社会システムを検証し、中長期的に信頼される持続可能なシステムへと転換していく」ことの必要性を指摘している。多くの国民が日々の暮らしの中で正に「苦しい日本」を実感しているのが現実であり、安直に「楽しい日本」を標榜する前に日本の叡智を結集して信頼に値する国家政策の立案をはかるべきだ。

北海道博物館長 石森 秀三 氏
1945年生まれ。北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授、北海道博物館長、北洋銀行地域産業支援部顧問。観光文明学、文化人類学専攻。政府の観光立国懇談会委員、アイヌ政策推進会議委員などを歴任。編著書に『観光の二〇世紀』『エコツーリズムを学ぶ人のために』『観光創造学へのチャレンジ』など。