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矢掛町「まちごとホテル」で再生 シャンテ・安達精治社長「50年先まで残れる“持続可能なまちづくり”」

2023年10月3日
編集部:増田 剛

2023年10月3日(火) 配信

西国街道の宿場町の面影を残す矢掛町

 地域密着型ホテルサービスを展開する「シャンテ」(安達精治社長、岡山県・矢掛町)は、江戸時代に山陽道(西国街道)の宿場町として栄えた矢掛町で、古民家を宿泊施設として再生させ、「まちごとホテル」として活気を取り戻す事業を展開している。安達社長のインタビューに加え、岡山商工会議所の松田久会頭(両備ホールディングス副会長)と、観光庁観光地域振興部観光資源課の鈴木一寛課長補佐にも、持続可能なまちづくりについてコメントをいただいた。   【増田 剛】

安達 精治(あだち・せいじ)代表取締役CEO

 ――矢掛町との関わりはいつからですか。

 安達:今から10年ほど前の11月第1週のことです。まちの再生事業を頼まれ、視察に来ました。当時は傾いた空き家だらけで、猫一匹歩いていないようなまちでした。沈みかける夕日と矢掛町の町並みが重なり、「こういう風に日本の地方は荒廃していくのだろうか」と寂しい気持ちになりました。「何とか、この400年続く文化が残る矢掛町の再生をやってみたい」と、後ろ髪を引かれる不思議な感覚がありました。

 私自身、銀行員時代に20年ほどホテル再生に携わっていたのでよくわかるのですが、矢掛町を再生するうえで、3つの要件が立ち塞がっていました。①古民家は無価値で担保にならないと判断され、融資の対象外となる②銀行側は潜在的なマーケットが無いエリアでの新規事業に対する融資は認めない。そして、3つ目はものすごくお金がかかる――ということです。

 

 

 ――矢掛町のどの部分に魅かれたのですか。

 安達:江戸時代から山陽道(西国街道)の宿場町として栄え、「宿屋の原型だった」という歴史的な背景があることです。日本の宿場町は矢掛町を含め、団体宿泊受け入れの原点だと思います。

 当時、参勤交代で訪れる800人規模の大名行列を、どのようにして本陣や脇本陣などに分宿させていたのだろう、500人の大名と、300人の大名が同じ日に宿泊する場合、チェックインなどのオペレーションはどうしていたのか――など、興味は尽きませんでした。

 想像するだけで自分の能力をはるかに超えるまちの運営や、それを支えた人々、宿泊客の満足度を上げる仕組みなど、同じ事業に携わる者として、実に優れた仕掛けになっていると、現代にもつながる矢掛町の歴史を紐解いていきました。地元の人たちの会合にも積極的に参加し、シャンテ本社は矢掛町に移しました。誰にも負けないくらいの情熱を持って矢掛町を愛し、矢掛町内に6軒の古民家を改修して、「まちごとホテル」事業に取り組んでいます。

 

 ――「儲ける」よりも「持続させる」との考え方は。

 安達:「50年先まで残れるように」と長期的な視点で見たときに、矢掛町は安易な「観光」によるまちの維持は難しい。単純にホテルを建てた再生事業では「持続可能なまちにはならない」と強く確信しています。

 “まちと共に生きる宿”という、持続可能なまちづくりの本質を探る姿勢を最も大切にしています。

 

 ――矢掛町と関係人口のマーケットをどのように考えますか。

 安達:まちとの関係には、6つの要素があります。一番根底にあるのは、地元の小・中学校の同窓会です。旧知の友が集い交流する同窓会ができるまちは、全国でいくつあるでしょうか。矢掛町の場合、近隣都市の福山市や岡山市、倉敷市で開いています。「同窓会を地元でしたい」という気持ち、自分の街を誇れる「シビックプライド」を持ってもらうところから、まずは始めなくてはなりません。

 2つ目は自分の先祖(ルーツ)です。「祖母が岡山出身だった」というようなケースです。3つ目は転勤者です。この3つにそれぞれの友人関係を含めて6つ。

 これら矢掛町との関係がある人たちを基礎マーケットとして、その人たちに「『お帰りなさい』という宿をつくりました」というマーケティングによって、マーケットが無い(と思われる)エリアで3千日を掛けて丁寧に基礎人口を作っていくしかないと考えます。

 最初の1千日は、地元中心に関係人口づくりに専念する。第2段階では、友人まで関係を広げて、岡山、大阪、東京などの大きなマーケットも見据える。そして最終段階は、インバウンドが対象となります。

 「来られた方がお客様」などは、滅茶苦茶な論理です。理論と計画に沿って「自分の今のお客様は誰なのか」を明確にして、次の段階の準備をしていく。第3段階のインバウンドになると、スタッフや接客スタイルも変えなければなりません。

 持続可能なまちづくりは世界中で求められています。まちと共に生きるには、これまでの再生事業で培ってきたノウハウを生かしながら、経営スタイルを蝉のように脱皮していくことで、新しいお客様を作っていくしかないと思います。

 20年後の矢掛町の人口予測は1万人ですが、我われのまちごとホテル事業によってUターンやJターン現象も生じて、人口減少の速度が緩やかな曲線になってきています。

 

 ――まちの維持に必要なものは。

 安達:持続可能なまちにするには、定住人口を増やさなければなりませんし、そのためには仕事が必要です。我われの業務はものすごくローテクなので当面は残ると思います。国籍や性別、年齢、学歴など関係ないため、「働く場の提供」という面では大きな役割を担っていけると考えています。

 また、高校がない町で子供を産んで育てることは可能でしょうか。高校の有無はすごく大きな軸で、地域に高校が無くなったら怖いなと思います。井原市や笠岡市など近隣の地域も残っていかなければならないので、誰から頼まれたわけではないのですが、矢掛町の近隣5市の古民家再生にも携わっています。「備中」というエリアを一つと捉えていきたいと思います。

 

 ――この先、高齢者の一人暮らしの比率が高まっていくことが予想されます。

 安達:自分の母親もそうでしたが、子供や親戚が「東京においでよ」と言っても地元を離れない傾向が強い。それは、そこにコミュニティーがあるからです。まちに仲間がいるうちには知らない街には移れない。この矢掛町の小さな中心エリアに約3千軒の家があります。そこに、「友人が住んでいるから」や、「子供のころ暮らしていたから」などの理由で集まってくると、結果的にコンパクトシティができ、基礎インフラの維持費の負担軽減にもつながっていくのではないかと考えます。

 

 ――コロナの影響について。

 安達:コロナ禍における人の動きは予想できませんでした。しかし、さまざまな研究をしていくと、コロナ禍でも稼働率の高い宿泊施設が当社にも何軒かありました。また、「人に非接触」の宿泊サービスが定着しました。私はそこにヒントがあると思っています。

 旅をしたときに、どのくらいの人がさまざまなおもてなしを受けるサービスを求めているか。高齢化やIT化が急速に進むなか、旅館やホテルは、まだ売り手側のマーケットから抜け切れていないと感じています。

 「このサービスは不要だから料金を下げてほしい」など、細やかな、本当のマーケットデータやニーズを掴み切れていないのではないかと思います。

 まちと共に生きながら、「お客様が求めるものにどこまでも合わせていく」という、お客様の心と一体となったマンツーマンのサービスが支持を強めていくような気がします。ビジネスホテルに泊まって数時間まちを散策して翌朝帰る旅だと、矢掛町のようなまちでは発展性が思い描けません。

 まちの中の古民家に宿泊し、地元の人たちに溶け込んで何気ない日常のコミュニケーションを取るような、本当の意味で地域の「光を観る」時代が来るのではないかと感じています。

 

岡山商工会議所 松田久会頭

 

 ――地元の民間側の視点から矢掛町の取り組みについて。

 松田:私は岡山商工会議所会頭の立場から「まちづくり」が大きなテーマです。

 若い人たちが地方を出ていく現象は止まらないなか、必要なものは地元で糧を得て暮らしていくための産業です。歴史に根付き現代まで脈々とつながっている、伝統的な産業をやり続けることが重要だと思っています。

 これらに加え、安達社長が取り組む矢掛町のまちごとホテルのように、サービス業として成り立つ仕事が出てくれば、地元で働くことも、子育ても可能になります。そういう産業を作ることが定着率を高める原点だと思います。

 観光に係るサービス業であるならば、訪れた人が何日間か滞在する状態が続き、一時的な地域住民となります。旅行者を対象にすると、毎日同じ土産物や食材なども売れるようになり、新たな産業も育っていきます。

 ビジネスホテルでは、地元の人たちとのコミュニケーションが生まれづらいですが、空き家を活用した「まちごとホテル」での滞在であれば、持続的なまちづくりも成り立つと思います。

 

観光庁観光資源課 鈴木一寛課長補佐

 

 ――観光庁の視点からもお願いします。

 鈴木:今年3月31日に策定されました観光立国推進基本計画には①持続的な観光②消費額拡大③地方誘客促進――の3つの柱があります。矢掛町にはこの3つの必要な要素が縮図となってすべて備わっていると感じます。この方向性で長期的な取り組みを継続していただけたらと思います。

 観光庁の政策のなかには、「地域の同意形成」や、「事業の水平展開をしていく」などの文言を盛り込むことが多いのですが、実際の現場では難しい部分があり、一職員としても課題と感じております。

 安達社長や松田会頭のように、持続的なまちづくりに真摯に取り組む方々の“生の声”を聞きながら、観光立国推進基本計画に沿ったまちづくりに、少しでも近づけるように観光庁としても後押ししていきたいと思っています。

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