2013年9月1日(日) 配信

高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客様の強い支持を得て集客している宿がある。なぜ、支持されるのか、その理由を探っていく「いい旅館にしよう!」プロジェクトのシリーズ第15弾は、大分県日田市豆田町で「ホテル風早」を経営する武内眞司社長が登場。工学博士で、サービス産業革新推進機構代表理事の内藤耕氏との対談で、レストラン、宿泊、バンケット(宴会場)の3部門をバランス良く経営する武内社長の緻密な経営手法について語り合った。
【増田 剛】
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内藤:「ちょっと良い日常」をテーマに、敷地内のレストラン・宿泊・バンケット事業を上手く連携させて、安定した経営をされている武内社長のこれまでの経緯からお話し下さい。
武内:東京の大学を卒業後、福岡のホテルで5年ほど働いたあと、27歳のときに日田市に帰り、100年続いていた家業の本屋を継ぎました。そのころ、「少年ジャンプ」という雑誌を車に積んでこの辺り(豆田町)を配達していました。当時は寂れた町でしたが、雛人形でまちを活性化しようという時期でもありました。「私もここで何かをやりたいなぁ」と考えていたときに古い酒蔵が目に止まり、「これをレストランにしよう」と思い立ち、1988年に約4千万円を投資してこの酒蔵を改装し、レストラン「欧風懐石 秋子想(ときこそう)」を創業しました。
本格的な投資に心配の声もありましたが、私は「ハレの日は、ちゃんとしたレストランで食事をする時代が来るのではないか」と考え、チャレンジすることにしました。誕生日や結婚記念日のお客様をターゲットに、東京會舘にいた経験を持つ調理スタッフを雇い客単価4千円を想定したレストランを開業したのです。日田で「本格的なフレンチレストラン」というのも経営的には難しいと考え、お箸で食べる和洋折衷の料理を提供しました。バブル後期で、福岡のお客様も多数いらして下さいました。「レストランは3年もせずに潰れて、きっと本屋に戻ってくるだろう」と父は思っていたようです。本屋は姉が2年くらいやってくれました。
内藤:初期投資の4千万円はどのくらいで返済されたのですか。
武内:約6年で返済しました。そのときに「サービス業は儲かるものだな」と思いました。というのは、本は出版社が値段を決め、不景気でも好景気と同じ値段で売らなければならない。これでは本屋は儲からない。レストランなら不況時には材料を変えたり工夫して値段を安くすることもできる。「自分で値付けができるのが一番いい商売だ」と思いました。
日田市出身のジャーナリスト・故筑紫哲也さんが地元で市民大学「自由の森大学」を始めてから、うちのレストランに来られるようになり、「東京から有名な講師を呼んだ時に大型旅館しかない。落ち着いてリラックスできる宿をやらないか」と言われました。1996年のことで、景気も悪くなっていましたが、ホテル風早開業へ新たに400坪の敷地を購入しました。初期投資は約2億7千万円でした。筑紫さんが背中を押してくれなければ、私は旅館経営に進出してなかったと思います。
さらに、2010年に1億3千万円ほど投資をして、レストラン「秋子想」と、ホテル風早に隣接する土地に宴会用施設「アプロディール 紙音(SION)」を建てました。現在は全体で900坪余りあります。
偶然の結果ですが、今はレストラン・宿泊・バンケットの「3本の矢」の有難味をとても感じています。どれか一つの売上げが落ちたとしても、慌てずにじっくりと作戦を練る余裕があります。自然災害など不確定要素も多く、宿だけの経営でしたら大変だったのではと思います。披露宴のときには厨房の4人で100人規模の宴会はこなしますし、接客サービスは派遣で対応しています。
忙しいときには「能力の120―130%を出してくれたら4人だけど5人と同じこと」と常日頃から言っています。
内藤:従業員の定年は88歳というのは本当ですか。
武内:そうですね。88歳が目標です。でも体力的な理由で70代で辞められる人が多いですが、スタッフの米寿のお祝いをしてあげるのが夢なんです。60歳を過ぎて安心して楽しく働ける職場は多くありません。サービス業ではそういう場所を提供することも大切だと思っています。
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武内:レストラン「秋子想」のランチは、今夏の猛暑などの例外を除き、基本的には2100円以下の料金設定はしていません。スタッフには「2100円のお客様がいずれバンケット(宴会)につながるので、お客様が少なくていい」と言っています。
というのも、2010年に新しい宴会場の開業と同時に、1千円でランチを提供したのですが、若い人が大挙して来ましたが、少し経つと足が遠のいてしまいました。近くで850円でやっているところがあったのです。それで「この価格競争のマーケットに入るのはやめよう、うちにしかできないことをやろう」と方針を明確化しました。「安いランチを提供してもバンケットにつながらない」と学習したのです。また、1千円のランチには1日に60―70人の来客があったのですが、経営が成り立たなくなってきました。エアコン代、トイレの水代などを含めると1千円のランチでは元を取れないのです。それよりも光熱費が3分の1で済むレストラン「秋子想」で少し高めのランチを提供した方がいいと考えたのです。宴会場は結婚式などの予約が入った時だけ開けるようにしました。
現在、レストランの客単価はランチとディナーを合わせて平均2800円、2人で5600円。ディナーだけでは約4500円です。ホテル風早も1人1泊2食付きで約1万5千円、夫婦2人で3万円。時代の金銭感覚に適した料金設定を常に心がけています。
内藤:ホテル風早は、最初から6部屋の予定だったのですか。
武内:当初は8―9部屋の計画でしたが、スタッフ1人当たりの目が届くお客様は5人が限度と考えました。20人くらいまでならお客様が元気かどうか、顔色で把握できると思ったので、結局6部屋にしました。
内藤:レストラン・宿泊・バンケット事業の3つに分けているのはシティホテルのやり方と同じ。ただ、シティホテルとホテル風早の違いは、宴会場やレストランが館内にあるか、外にあるかということです。
武内:宴会場に改装した蔵と、レストランに改装した蔵が偶然にも少し離れていたからですが、経営的には良かったですね。シティホテルは館内ですべてをやろうとするので、大変だと思います。ホテル風早は1泊朝食付が基本なので、宿泊客は夕食時に外に出かけて食べられる方も多いようです。宿だけで「起承転結」を完結するのは大変だと思っています。レストランも宴会場もホテルから少し離れているので、お客様がいないときは、完全に閉めて、兼務するスタッフも一つに集中することができます。
内藤:シティホテルの経営が厳しくなったのは、バンケットは1口100―200万円、一方、宿泊は1人1―2万円の売上。そうすると、パーティー中心の営業になり、宿泊は「宴会のついで」という考え方となっていったからです。
武内:うちはそれぞれ別棟ですので、独立採算とまではいかないですが、ある程度ホテルやレストラン、バンケット事業は独立しています。
内藤:個別採算で収支が見えるということですね。武内社長のお話を聞いていますと、「偶然の結果」という言葉になるのですが、試行錯誤を相当に繰り返し、お客の求めているものを探し求めたということですね。
武内:4千円のレストランにお客様がいなかった最初の1年間はかき氷やパフェを売ったり、何でも試みました。
内藤:レストラン開店当時の商圏は、博多を中心に福岡県をターゲットにしていると伺いましたが、観光客中心の遠方商圏はどうしてもさまざまな影響を受けるので、2011年に地元客を商圏のターゲットとされたのですよね。今はどうですか。
武内:当時は観光客8に対して地元客2の割合でしたが、今は半々で推移しています。もし、若い人が宿を経営すると言ったら、「パーティー部門は必ず持ちなさい」と推奨したいですね。私も手掛ける前には全然分からなかったのですが、「人口7万人ほどの日田市内で40―50人のパーティーや宴会がこれだけ多いのか」と驚きました。今年4―6月の披露宴だけでの売上が想定以上にありました。ほかにも会社や組織で利用する歓迎会や送別会などさまざまなイベントがあり、そのようなマーケットの存在を知ったことが大きな収穫でした。ほとんど営業もせず、地元の新聞に小さなスペースですが「おいしい 結婚式」と継続的に掲載することで、「料理がおいしい披露宴会場」というイメージが刷り込まれていったのかなと思っています。
ホテル風早は1泊朝食付きで1万3千円。この料金でキャッシュフローが出るように歯ブラシもトイレットペーパーも熟慮のうえ選んでいます。分かってくださるお客様は何もおっしゃらないのですが、「どうしてトイレットペーパーは二重ではないの?」など言われることもあります。私たちは宿を存続させるために、宿泊料金と備品の整合性までとても緻密に計算しています。今度は「トイレットペーパー持ち込み可」と書こうかなと思っています(笑)。
そんな、緻密な計算がないかぎり、永続的な経営はできません。経営は結果ではなく、予測ですから。昨年は修理代などマイナス要素も計算に入れ、予測した数値と20―30万円しか違いませんでした。情緒的な宿ですが、経営は情緒ではできないのです。
内藤:経営上で管理している数字で最も注意している点は何ですか。
武内:光熱費です。一番無駄なのは、誰もいない空間に電気のスイッチが入っていることです。光熱費を切り詰めることができたら、人件費に回せます。
ある旅館に行ったとき、カビ臭い匂いがしたので仲居さんに聞くと、エアコンのフィルターを掃除していないとのこと。これは経営者として失格だと思います。地道ですが、キャッシュフローが出るのはそんな小さな部分だと思います。お客様がバンケットから帰られると、白熱球→蛍光灯→LED」と消す順番をスタッフにも指示しています。
その一方で、仕入業者には20数年間、1円単位まで値切ったことはありません。支払いも遅滞しない。これは一貫しています。その代り、業者に落ち度があれば「ここが悪い。もし直らなければ替えます」とはっきりと言います。
内藤:光熱費を含めた仕入を緻密に管理していくことに加え、働き方もきっちりと管理されています。たとえば、バンケットでメインの肉料理が出た時点でスタッフ同士が連絡を取り合い、切っていた客室のエアコンを作動させています。
武内:お客様に節約をさせるわけにはいかないので、私たちがお客様の目に見えないところで節約するシステムをつくるしかないのです。
内藤:一方で洗面台にあるタオルはガーゼの生地で、真っ白で柔らかい。今は宿泊施設の糊づけが強すぎるきらいがありますが、ホテル風早ではシーツの糊づけを薄くしているので、自然な肌触りがすごく心地いい。
武内:普通のリネン業者に出せば安いのですが、シーツの納入業者が「これは良いシーツなのでコストが少しかかりますがクリーニング業者に出してほしい」と言われましたので、15年間ずっとクリーニング業者にお願いしています。
宿には亭主の魂のようなものがあり、ホンモノを見ている人たちに訴えかけられる宿づくりをしていきたいなと思います。亭主の魂の部分にお客様が気づかれたときが、宿をやっていて一番楽しい瞬間ですね。
内藤:清掃はどうされていますか。
武内:外注業者を入れていますが、うちのスタッフが最終的な仕上げを行います。清掃業者は清掃の専門家ですが、シーツの皺をパリっと伸ばすなど「もてなし」部門は専門家である自分たちの仕事だと思います。
それと、ホテル風早では、タクシー業者は1社しか呼びません。あるとき、私がお客様の荷物をタクシーのトランクに入れたとき、運転手を見たら何もせずにただ突っ立っていたのです。すぐにタクシー会社に電話して「うちがお宅のタクシーを呼んだということは、駅にお客様を送り届けるまではホテル風早の運転手であり、うちのスタッフの一員だと思ってください」と伝えました。私たちは玄関から先は見送ることができません。お客様がタクシーを呼んだ場合、降車するまでの時間すべてがホテルのサービスだと認識しています。「ありがとうございます」だけではなく「また日田にいらしてください」と優しく話しかけるような“おもてなし”の教育もしてもらっています。地域の総合力が必要だと思っています。
内藤:ホテル風早は朝食にもこだわっています。私が最初に訪れた理由の一つに炊き立てのご飯を出されていたからです。
武内:「ひた天領米」というお米を、地元・日田の水で炊いています。たとえば朝食が8時30分のお客様には8時20分に炊き上がるように30分ごとに設定して、炊き立てのご飯と、でき立ての味噌汁をお出ししています。朝食バイキングのホテルもありますが、ご飯と味噌汁が雑に扱われていることが多いのが残念です。ある有名ホテルに行ったとき、卵料理のところには、注文すれば「スクランブルエッグ」や「目玉焼き」を作ってくれるスタッフがいるのに、ご飯と味噌汁のところには誰もいない。私だったら絶対に「でき立ての味噌汁コーナー」を設置してスタッフを付けて、その場で具のリクエストを受けてから作るようにします。日本人にとって朝は、美味しいご飯と味噌汁以上の御馳走はないと信じています。
東京のカレー屋さんに入ったときに、1升炊きの炊飯器が10個くらい並んで30分ごとに炊き上がる工夫をしているのを目にして、「このカレー屋さんは本物だ」と思いました。どんなに美味しい料理を出してもご飯が美味しくなければ台無しです。この基本だけは外さないようにしています。
内藤:数年前まで多くの旅館では「ご飯は大釜で炊かないと美味しくない」と言っていました。でも、実際に電機メーカーで大釜、小釜、家庭用、業務用、ガス、電気などを試してみたのですが、家庭用の電気炊飯器が一番美味しかったのです。電機メーカーも細かく温度制御できる部分を強調していました。ガスは細かな温度コントロールができないし、釜は火力が下からだけなので、どうしても炊きムラができてしまうのです。武内社長がおっしゃるように炊き立てが一番美味しく、1升炊くより5合、5合よりも3合の方が美味しく炊けるので、できるだけ小まめに炊いた方がより美味しくなります。私もさまざまな場所でこの話をしており、今では家庭用の電気炊飯器でご飯を炊く旅館が増えてきました。どこの旅館も炊く回数を減らしたいという、ある意味で手抜きをしていたのです。
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内藤:現在、小さい旅館の新しいビジネスモデルは出始めていますが、大きい旅館のビジネスモデルがどうあるべきかを、もっと議論されるべきだと思います。雇用や経済効果は大きい方が地域にとってはいいのですから。
武内:その意味でいうと、私は100人以上収容できる大きな宿を経営するのがこれからの夢です。そして、全室シングルにします。というのは、これからの時代、シングルルームの方がさまざまなマーケットに合致しているのではないかと思うのです。セミダブルのベッドがあるシングルユースの宿を経営したいですね。パブリックスペースを豪華にして、シンプルかつエレガンスにする。ビジネスホテルや、温泉旅館ホテルとは違うジャンルの需要が絶対にあると思うのです。客単価の想定は、1泊朝食付きで1万円です。
内藤:面白いアイデアだと思います。一般論として、1人旅が増えてきたと色々なところで耳にしますが、今でも1人旅を拒む宿がありますが、いつまで拒否し続けられるかというのが旅館業界で議論されています。
武内:うちなんかは部屋が空いていたら1人客をすぐに入れます。部屋も広々としてお客様に喜ばれます。
内藤:この10年を見ていると、宿泊特化型のビジネスホテルチェーンが一世風靡しました。シティホテルの余分な部分を削ぎ落してすごくいいビジネスモデルだったと思うのです。「寝る」という機能を徹底的に追求した、巨大なイノベーションを起こしました。彼らが作ったマーケットはすごく大きいですが、一方で少し飽きられてきたなと感じるところもあります。たとえば、朝のチェックアウト時の手間がないのはとても便利なのだけど、なんとなく黙って出て行くのは寂しい、触れ合いがほしいと感じる人が増えているようです。一方で、最近「シティホテル回帰」という流れもあります。かつてのシティホテルのように「何でもあります」ではなく、非常に心地良い宿泊特化型のホテルが出てきています。
武内:それは私が考えているシングルユースの宿泊施設像に近いですね。泊まって明日への希望が湧いてくるような宿が理想です。
家業の本屋も、曾祖父の時代から100年続いていたにも関わらず私の代で閉じてしまったので、「もう一度宿で100年企業を目指したい」という強い気持ちがあります。ですから、何百年と続く老舗旅館はすごいなと思います。私は日田に根差して、子々孫々の代まで地域に密着した宿を経営していきたいですね。でも、浅学非才の私が25年間、経営判断で大きなミスをしなかったのは、神仏の御加護としかいいようがないと思っています。
内藤:いや、武内社長の凄みは、お客を見ながら微妙に修正し続けているところです。失敗しそうになると別の道に修正する力を持っているので、結果的に大きな失敗はないのだと思います。
※ 詳細は本紙1514号または9月3日以降日経テレコン21でお読みいただけます。