2025年7月13日(日) 配信
夏の強い陽射しが照りつけるある日のことでした。私は観光バスに乗って、山間の緑豊かな道を走り抜けていました。やがて、大型の土産店と食事処が一体となった施設に立ち寄りました。観光バスが何台も並び、多くのお客様たちが降りてきて、楽しそうにお土産を手に取り、なかにはソフトクリームを食べたり、冷たい飲み物を飲んだりしながら、外では次の出発を待つ人たちも見受けられました。そのときです。
ふと聞こえた何気ない声に、私はその方向に目を向けました。そこに広がっていたのは、何とも言えない感動的な光景でした。1台の観光バスの運転士が脚立に乗り、フロントガラスを丁寧に拭いていたのです。ほかのバスの運転士たちは休憩を取っていたり、日陰で涼んでいたりするなかで、たった1人、その人だけが黙々と窓を磨いていたのです。
山間の道路を走ると、どうしてもフロントガラスには虫が当たって汚れてしまいます。しかし、その運転士は、これから再び乗り込むお客様たちに、美しい景色をクリアな窓から楽しんでもらいたいという想いから、その仕事をしていたのだと思います。
誰に命じられたわけでもなく、誰かに見せるためでもなく、ただ「お客様のために」と思っての自然な行動です。それが胸を打ったのです。周囲のバスは汚れた窓のまま出発していきました。
その違いに、私は考えさせられました。「こうした行動が自然とできる人と、できない人。その違いは何なのか」。それは、「言われたからやる」のではなく、「なぜこの仕事をしているのか」という目的意識を持っているかどうかなのではないでしょうか。一時的に「やれ」と言われてできることでも、目的が腹落ちしていなければ継続してはできません。お客様の快適さや喜びを心から願い、そのために今、自分ができることは何かを考え、自ら「考動」に移せる人、それが本当のプロフェッショナルなのだと思います。
私たちは皆、それぞれの人生の大切な時間を費やす「働く場所」を選びます。会社というのは、単に仕事をする場所ではなく、人が夢や理想を実現し、価値を分かち合うために集う場です。そんな場も、たった1人の心ない言動で、信頼や空気が壊れてしまうことがあります。
しかし逆に、1人の誠実な行動が、その場の雰囲気を変え、企業全体のブランド価値すら高める力を持つこともあるのです。あの日見た運転士の姿は、まさにそれを教えてくれました。誰も見ていないようで、実は誰かがちゃんと見ている。そんな姿に人は心を動かされ、学び、敬意を抱き、次はあのバスに乗ってみたいという利用者を創り出すのだと私は確信しています。
コラムニスト紹介

西川丈次(にしかわ・じょうじ)=8年間の旅行会社での勤務後、船井総合研究所に入社。観光ビジネスチームのリーダー・チーフ観光コンサルタントとして活躍。ホスピタリティをテーマとした講演、執筆、ブログ、メルマガは好評で多くのファンを持つ。20年間の観光コンサルタント業で養われた専門性と異業種の成功事例を融合させ、観光業界の新しい在り方とネットワークづくりを追求し、株式会社観光ビジネスコンサルタンツを起業。同社、代表取締役社長。