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「トラベルスクエア」文化にセンターなどない!

2019年5月25日(土) 配信

 

文化にセンターなどない!

 
  嫉妬は怖い。それも権力を持つ者が力のない普通の人に嫉妬するときは、もっと怖いという話である。「マイ・ブックショップ」という地味だけれど、美しく、心に残る映画を見ての感想だ。こんなストーリーだ。
 
 1959年、英国の東部、北海に面した小さな町。そこに誰も住まないまま放置された古い家があった。主人公のフローレンスは夫と死別して孤独の生活を送っているが、夫婦の夢であった書店経営を実現するために、この家を買い取った。この町に本屋さんがなかったこともある。
 
 だが、実力者である金満家ガマート夫人は、よそ者がふらっと現れて文化的事業を起こすことがお気に召さない。
 
 本屋など失敗するよ、という大方の声とは逆に、住民はそれを歓迎、ブックショップの前に行列ができるほどだ。
 
 海岸の大きな館に誰にも会わず、ひたすら読書だけをしている風変わりな老人は、フローレンスの店を贔屓にし、彼女が贈る本を楽しみにする。とくに、気に入ったのはブラッドベリの「華氏451」だった。
 
 だが、ガマート夫人の嫉妬心は強く、行政を動かして、さまざまな嫌がらせを繰り返し、彼女の店を廃業に追い込もうとする。折しも、世界中でベストセラーになったが、一部で発禁騒ぎを起こしていたナボコフの「ロリータ」の大量販売も、保守的な層の逆鱗に触れた。
 
 取り潰す大義名分は、古い館を使って、文化センターを作る方が住民のため、というものだ。どこかで聞いた話でしょ。
 
 フローレンスに協力的と見せながら実はガマート夫人の手先だった男が現れたり、親切な友人たちも夫人の権力の前にいつしか黙り込む。
 
 国やお役所が観光町おこしを推進するのはいいけれど、時として「民間が上手にやっていることへのいわれなき『反感』もある」と、地域の人たちと町おこしの話をしていると本音を漏らしてくれる人がいなくもない。
 
 嫉妬という感情ほど、扱いづらいものもない。権力や資金力のあるところは、民間の小さな努力に嫉妬などせず、黙ってじっくり見守ってあげることが大事だろう。
 
 映画では町が文化センターを作るために接収に来るらしいと苦しい胸の内を、フローレンスが本好きの老人に言う。
 
 すると、老人は「浅はかな。文化センターだと、そんなもの誰も喜こばんよ。そもそも文化にセンター(中心)などない」と小気味よく語ってくれる。
 
 文化とは多様であってこそ、価値が出る。小さなマイ・ブックショップのようなものが幾つも散在していることこそが、町の文化性だ。町おこし系の仕事をされている方には、いくぶんか耳に痛い部分もあるだろう。

 

コラムニスト紹介

松坂健氏

オフィス アト・ランダム 代表 松坂 健 氏
1949年東京・浅草生まれ。1971年、74年にそれぞれ慶應義塾大学の法学部・文学部を卒業。柴田書店入社、月刊食堂副編集長を経て、84年から93年まで月刊ホテル旅館編集長。01年~03年長崎国際大学、03年~15年西武文理大学教授。16年~19年3月まで跡見学園女子大学教授。著書に『ホスピタリティ進化論』など。ミステリ評論も継続中。

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