国内宿泊旅行1・37回、宿泊数は2・17泊に

12年度観光白書

 国土交通省がこのほどまとめた「2012年度観光白書」(11年度観光の状況・12年度観光施策)によると、11年の国民1人当たりの国内宿泊観光旅行回数は、前年比2・2%増の1・37回(暫定値)だった。宿泊数は同2・4%増の2・17泊。今回の白書は従来の数値に加え、新たな「観光立国推進基本計画」の策定や東日本大震災の影響と復興について触れている。

 観光庁の「宿泊旅行統計調査」によると、日本人国内宿泊者数は同4・1%減の延べ3億968万人。3月は前年同月比25・8%減となったが、減少幅は徐々に縮小し、12月は同2・7%増まで持ち直した。前年同月比の推移で、震災の影響が大きかった東北3県の岩手県、宮城県、福島県と全国を比較すると、ビジネス客中心の宿泊施設は4月以降、一貫して大きな増加傾向を示しており、震災の復旧・復興の関係者や被災者が多く宿泊したためと推察する。観光客中心の宿泊施設も同様の需要があったと思われるが、7月以降は減少に転じており、観光需要は十分に回復していないと分析する。

 10年の国内旅行消費額は同6・1%減の23兆8千億円。この結果、生産波及効果は49兆4千億円(国内生産額の5・5%)、雇用効果は424万人(全就業者の6・6%)と推計される。

 一方、11年の海外旅行者数は同2・1%増の1699万人。前年同月比をみると、12月が最も伸び率が高く、3―6月は落ち込んだ。

 また、11年の訪日外国人旅行者数は前年比27・8%減の622万人。2月までは前年を上回るペースで推移していたが、震災の発生で3月は前年同月比50・3%減と大幅に減少。5月以降は、減少幅が徐々に縮小し、回復基調にあるが、東北地方は依然として厳しい状況に置かれているとした。外国人延べ宿泊者数は前年比36・2%減の1756万人泊。

 なお、12年度の主な施策は(1)国際競争力の高い魅力ある観光地の形成(2)観光産業の国際競争力の強化および観光の振興に寄与する人材の育成(3)国際観光の振興(4)観光旅行の促進のための環境の整備――などを掲げる。 

JATA国際観光フォーラム2012

昨年のフォーラム
昨年のフォーラム

生産的、積極的な産業へ、シンポジウムで対応模索

 日本旅行業協会(JATA)は9月7日まで、9月20、21日に東京ビッグサイトで開く「JATA国際観光フォーラム2012」への参加者を募集している。今回は、インバウンド・アウトバウンドのいずれもパラダイムシフトが求められている状況を見据え、旅行業界の現状を見つめ直し、生産的で積極的な産業の対応を模索する。

マイケル・フレンツェル氏
マイケル・フレンツェル氏

 9月21日、午前10時30分から行う基調講演は、世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)会長でTUI AG会長のマイケル・フレンツェル氏が「これからの旅行市場の変化をどうとらえるか?アジア・日本市場は?日本ツーリズムへの提言」をテーマに登壇。WTTC・TUIの会長として将来の旅行市場の変化をどう読んでいるのか、その変化はアジア市場や日本市場でどう具現化すると予想するのか。そして、そのなかで旅行会社にはどのような変化が求められるのか――。世界のツーリズム業界をリードするトップマネジメントが旅行市場・旅行産業の行方、旅行会社の近未来のビジネスモデルを語る。

 同日午後1時30分からはインバウンドをテーマにシンポジウム(1)「これでいいのか?日本のインバウンド~真の観光立国となるために~」を開く。日本が真の観光立国になるためには、どのような考え方が求められ、いかなる対応が迫られているのか。インバウンドに成功している諸外国や国内自治体などの例を多角的に分析しながら、それらの政策やプロモーション活動への理解を通し、日本の取るべき道や相手国のジャパン・アウトバウンド会社、訪日旅行社が求める日本旅行産業の対応を探る。

 ファシリテーターはびゅうトラベルサービス社長の高橋敦司氏が務め、パネリストには韓国観光公社日本チーム チーム長のイ ビョンチャン氏と近畿日本ツーリスト旅行事業本部訪日旅行部長の稲田正彦氏、日本ミシュランタイヤ執行役員・社長室長の森田哲史氏、飛騨・高山観光コンベンション協会会長の堀泰則氏の4人を迎える。

 シンポジウム(2)はアウトバウンドがテーマの「新たなマーケットの可能性と旅行会社の役割」。なぜ日本の海外市場規模が過去数年間に渡って停滞状況にあったのか。これまでの停滞を総括し、明日に取り組むことが求められているなかで、既存の市場(顧客)の再活性化と新規市場の開発に焦点をあて、旅番組の変遷やそのニーズの捉え方などを参考に、旅行地素材提供会社との強力なパートナーシップに基づく旅行会社の役割や、新たなビジネスモデルの方向性を導く。

 ファシリテーターはトップツアー社長の石川邦大氏。パネリストは、朝日旅行執行役員海外旅行担当東京支店海外旅行部長の鹿野真澄氏とアルパインツアーサービス代表取締役会長・CEOの黒川惠氏、SPIあ・える倶楽部代表取締役CEOの篠塚恭一氏、日本旅行西日本海外旅行商品部商品企画チームマネージャーの山本文子氏、フジテレビジョンクリエイティブ事業局専任局次長の谷至剛氏、ミキ・ツーリスト代表取締役社長の檀原徹典氏の6人。

 20日は午前8時30分から英語で日本の旅行業の現状などを説明する基礎セミナー「Japanese Travel Market Update」を開く。

 JATA国際観光フォーラム全プログラムの参加登録料はJATA会員が1人税込1万円、非会員が1万2千円。プログラムは基礎セミナーが3千円、各シンポジウムが会員5千円、非会員6千円。申込みはURL(http://www.jata-jts.jp/tf/ )から。

5カ国で過去最高、中国単月で初の20万人台

 日本政府観光局(JNTO、松山良一理事長)が発表した2012年7月の訪日外客数推計値は、前年同月比50・5%増の84万5300人と史上2番目に多かった。10年7月と比較すると3・8%減となり、マイナスに転じたものの、市場全体では引き続き回復傾向にある。とくに中国、台湾、タイ、インドネシア、ベトナムは過去最高を記録。このうち中国は単月で初めて20万人台を記録している。

 各市場の動向をみると、韓国は10年同月比19・6%減、11年同月比35・4%増の18万9700人と震災直後と比べるとやや持ちなおしたものの、19万人を割り込む結果となった。放射能汚染や地震発生予測への不安の継続に加え、円高の長期化した影響が大きい。

 中国は、10年同月比23・6%増、11年同月比134・4%増の20万3800人と過去最高。震災直後の11年4月を除き韓国を上回った。夏休みの家族旅行や個人旅行の需要が増し、大型クルーズ船の寄港などが訪日の増加に拍車をかけたとみられる。

 台湾は、10年同月比4・2%増、11年同月比40・4%増の15万9300人と単月で過去最高、香港は10年同月比25・5%減、11年同月比26・6%増の5万1300人。そのほかでは、タイは10年同月比15・4%増、11年同月比34・6%増の1万6400人、インドネシアは10年同月比26・2%増、11年同月比69・8%増の7800人、ベトナムは10年同月比40・1%増、11年同月比51・9%増の4600人と単月過去最高を記録している。

 なお、出国日本人数は、10年同月比13・5%増、11年同月比8・8%増の159万5千人。 

領土問題の影響注視、韓国の福島渡航緩和に期待

 観光庁の井手憲文長官は8月17日の会見で、韓国外交通商部から7月23日に発表された福島県への渡航情報の緩和について言及し、これを契機に震災後、回復が遅れている韓国人訪日観光の早期持ち直しに期待をにじませた。

 今後の韓国人訪日観光の対策として、九州・関西・北海道エリアを中心とした商品販売促進、LCCの共同キャンペーン実施、テーマ性がある旅行情報の発信に尽力していく方針を決めた。

 また、12年7月の訪日外客数に触れ、東南アジアの好調さについて「とくにタイは毎月記録を更新する勢いを見せており、日本は幅広い層で人気のデスティネーションとなっている。引き続き東南アジアはビザの緩和も視野に入れて、集客をはかっていきたい」と語った。

 一方、中国と韓国との領土問題は「観光は平和へのパスポート。外交と関係なく、観光が活発になるように期待している」と話した。同庁が行っているモニタリングによると、会見時点で訪日旅行の目立ったキャンセルはないが、引き続き注視していく。

 さらに、8月2日に発生した高速ツアーバスの事故に関して「7月20日に適用された交替運転者配置基準の1つとして、1人の運転者の乗務時間が10時間を超えないよう義務付けを行っていた。しかし、事故を起こしたバス会社はこれを順守していなかった」と原因を挙げたうえで、今後の措置として、すべての旅行会社に緊急対策の申請を行い、安全確保に向けて再徹底を行っていく方針を固めた。 

SDA賞に入選

ホテル旅館の「安全の手引き」

 国際観光施設協会のホテル都市分科会避難絵図研究グループで開発を推進してきた「ホテル・旅館のための安全の手引き」が2012年度SDA賞に入選した。

 SDA賞は日本サインデザイン協会が毎年主催する日本で最も伝統のある総合的サインデザイン賞。今年はその第46回にあたり、B―2類「システムサイン」部門で19点におよぶ入選作の1つとして選ばれた。

 今回は全国から254点の応募があり、入選作である2次審査対象作品は145点。入選作の多くが個別施設でのサイン計画であるのに対し、「安全の手引き」は広くホテル・旅館への普及を目的とした特異な作品事例として注目を集めた。

 11年6月にはサンプル400部を作成し、全日本シティホテル連盟の協力で広報活動を行った。1次募集では2554室、2次では2945室の採用があり、全国31ホテル、合計5499室分の「安全の手引き」と「避難絵図」が普及した。

 7月末から動画サイトYouTubeで「安全の手引き」の動画版を配信している。パワーポイントを活用したピクトグラムによるアニメーションで、自動音声を付けた120秒ほどの動画。客室のテレビで「安全の手引き」を放送することで、より一層注目してもらうのが狙い。「今後は動画の反響を確かめ、さらに改善を加えていく」(同研究グループ)という。 

地熱対策特別委員会開く

 日本温泉協会(廣川允彦会長)は8月10日、東京都内の八重洲倶楽部で、地熱対策特別委員会を開いた。今回は環境省や関連団体も出席し、意見交換を行った。そのなかで無秩序な地熱発電に改めて反対したうえで、開発側には電力確保と温泉資源保護の2つの公益が共存する必要があることを強調した。

 同協会では再生可能エネルギーとして注目されはじめた地熱発電が、温泉地周辺の自然環境や既存の温泉源、温泉文化に悪影響を及ぼす恐れがあるため、反対の意思を表明してきた。

 冒頭で佐藤好億委員長は「今日まで培われてきた日本の温泉文化が、地熱発電によって脅かされている。とくに温泉の枯渇、成分分析の変更等に影響があるのではないかと危惧されている。皆様の力を借りるなかで、今後のことについて話し合っていきたい」とあいさつした。

 議題には無秩序な地熱発電開発に反対する内容の決議文や、福島県の地熱反対運動の支援などが挙げられ、出席者が意見を出し合った。決議文には全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会をはじめとした関連団体も賛同した。

 日本自然保護協会の辻村千尋保護プロジェクト部常務理事は「地熱に反対しているということは、原子力発電に賛成していると市民は誤解してしまう。それをどう変えていくかが焦点になっている」と述べた。

 また、理学博士でもある甘露寺泰雄地熱対策特別委員は「自然のものなので、過剰採取を証明するのは難しいが、定期的な源泉の温度と量の調査が大きなカギになる」と提言した。

 今後は地域主義を念頭に置きながら、「無秩序な地熱開発」を回避するための5項目の条件内容をより明確にしていく。

 なお、8月29日に環境省で「自然環境の保全と調和した地熱開発のための検討会議」が開かれ、自然保護団体や温泉事業者など保護サイドのヒアリングが行われた。 

地域・顧客密着型の“おもてなし”経営

9月4日、東京でフォーラム開く

 経済産業省サービス政策課は9月4日の午後2時から、東京都千代田区の東京商工会議所国際会議場で「おもてなし経営推進フォーラム」を開く。「おもてなし経営」を実践しているネッツトヨタ南国取締役相談役の横田英毅氏と、でんかのヤマグチ社長の山口勉氏が登壇し、人と経営研究所所長の大久保寛司氏がファシリテーターを務める。参加予定者数は250人(先着順)。

 現在、サービス事業者を取り巻く環境は、価格競争の激化などによって悪化している。しかし、地域の中小規模のサービス事業者のなかには、徹底した地域・顧客密着型の経営を行うことで高収益を上げている企業が存在している。同省はこうした地域・顧客密着型の企業経営を「おもてなし経営」と定義。(1)従業員の意欲と能力を最大限に引き出し、(2)地域・社会との関わりを大切にしながら、(3)顧客に対して高付加価値・差別化サービスを提供する経営――を地域のサービス事業者が目指すビジネスモデルの1つとして広めていくことを目指す。さらに、「おもてなし経営企業」を応募型で選出し、悩みを抱える中小サービス事業者に対して経営改革のヒントを提供する事業も計画している。

 訪日外国人の顧客として「おもてなし経営」を実践している事例については、クールジャパンの一環として国内外に発信し、日本的サービスの魅力を再発見する契機としたい考え。

 同省は、9月4日の東京でのフォーラムからスタートし、全国各地で「おもてなし経営推進フォーラム」を開く予定だ。

 問い合わせ=経済産業省サービス政策課 電話:03(3580)3922。 

近ツー、クラツー来年1月統合

(左から)岡本邦夫CT社長、吉川勝久KNT社長、戸川和良近畿日本鉄道副社長
(左から)岡本邦夫CT社長、
吉川勝久KNT社長、戸川和良近畿日本鉄道副社長

KNT―CTホールディングスに

 近畿日本ツーリスト(KNT、吉川勝久社長)とクラブツーリズム(CT、岡本邦夫社長)の両社は8月10日、取締役会を開き、来年1月1日に経営統合することを決めた。2004年、KNTからクラブツーリズムが分離・独立して8年、元の鞘に収まるかたちだが、強固な会員組織をベースにメディア型旅行会社に成長したCTと、黒字体質を確保し、総合旅行会社として強力な営業力、販売力を有するKNTが統合することで、旅行業の新たなビジネスモデルの構築とともに、シナジー効果を求めていく。

【増田 剛】

 統合に向けては、クラブツーリズムの普通株式1株に対して、KNTの普通株式8500株を割り当てる。KNTは株式交換により約1億6055万株を公布する。近畿日本鉄道はKNTに対する所有割合が12・0%から58・5%となり、これによってKNTは近畿日本鉄道の関連会社から子会社となる。

 また、KNTは持ち株会社に移行して社名をKNT―CTホールディングスに変更する。代表取締役社長には近畿日本鉄道取締役副社長の戸川和良氏が就任、KNTの吉川社長が同社の代表取締役会長となる。クラブツーリズムの岡本社長は代表取締役に就任。

近ツー、クラツー来年1月統合

 KNT―CTホールディングスの下には、クラブツーリズムと、KNT団体(商号未定)、NKT個人(同)の3社を100%子会社として設立する。クラブツーリズムは岡本氏が引き続き社長を継続するほか、KNT個人の社長も兼務する。KNT団体の社長にはKNT常務の小川亘氏が就任する予定。KNTツーリストは、「KNT個人」の100%子会社になるが、そのほか30数社の子会社は同ホールディングスの直接の子会社になる。

 統合前の経営状況(12年度見通し)は、KNT(連結)は営業収益626億円、クラブツーリズム(単体)は220億円。単純合算で846億円となるが、統合5年後の17年度には900億円に目標を設定した。営業利益はKNTが26億円、クラブツーリズムが31億円で合算すると57億円。17年度には85億円を目指す。

 8月20日に、東京都内のホテルで会見し、近畿日本鉄道の戸川副社長は「近鉄グループで旅行業が中核事業になるなかで、08年にクラブツーリズムを買い戻したときには、KNTとの統合は選択肢の一つにあったが、当時はその環境にはなかった。しかし、KNTも収益改善を達成し、8年間それぞれが歩んだ道が一緒になることで大きなシナジーが期待できる状況になった」と説明。統合によるメリットとしてKNTの吉川社長は(1)KNT新会員組織へのクラブツーリズムのノウハウ活用による個人旅行事業の収益向上(2)クラブツーリズムの新規顧客の拡大施策としてKNTブランド力・店舗の活用――などをあげた。また、ホールディングスによる経営戦略機能の強化では、(1)両社広報支援部隊の業務の標準化、共通化によるコストの圧縮(2)事業や人員の「選択と集中」による事業構造改革などをあげ、「クラブツーリズムはSIT(目的型旅行)に優れ、我われKNTは着地型旅行に積極的に取り組んでおり、双方を結びつける新しい観光地の発掘、物語をつくることが可能。また、KNTが持つ海外の拠点とクラブツーリズムの連携も考えられる。統合シナジーにより、他社グループにない旅行事業の新たなビジネスモデルを構築したい」と強調した。

 クラブツーリズムの岡本社長は「シニア層に特化してきたが、今後さらに高齢化が進めば、〝ネクストシニア〟という新たな層の取り込みが必要。KNTの個人旅行の顧客からクラブツーリズムに移行できる仕組みをつくっていきたい」と語った。

No.319 旅館の分煙対策 - 実施施設は8割以上

旅館の分煙対策
実施施設は8割以上

2002年の健康増進法の施行から、公共の場所での禁煙や分煙が進んできた。同法では、多数の人が利用する施設の管理者に、タバコの受動喫煙を防止するための必要な措置を要求しているが、同時に、「喫煙者と非喫煙者をあくまで対等の対場において進めなければならない」など喫煙者側への配慮も併記しており、両者が快適に過ごせる環境づくりが求められている。宿泊施設でも利用客から分煙を望む声が増えている一方、旅館はホテルのような対策が取りづらい面もある。旅館の分煙への取り組みの現状を探った。

【飯塚 小牧】

両者への配慮で苦悩
実施無しは「できない」実情

本紙が旅館を対象に、分煙対策の実施の有無を尋ねたアンケートによると、34施設中「館内禁煙・分煙を実施している」と答えた施設は29施設と8割以上となった。ほとんどの施設は部分的な禁煙や分煙の実施で、館内を完全禁煙としている施設は4施設という結果だった。

 

※ 詳細は本紙1473号または9月6日以降日経テレコン21でお読みいただけます。

東北旅行雑感 ― 宿の「温かみ」を再考(9/1付)

  この夏、東北に行ってきた。東日本大震災が起こる前、家族で東北旅行に行ったのだが、自然の美しさや、時間のゆるやかさ、田園風景のやさしさ、出会った人たちの温かさなどが忘れられずに、再び東北を訪れた。

 遠刈田温泉、蔵王温泉、鳴子温泉、玉川温泉、後生掛温泉、蒸ノ湯など、東北を代表する幾つかの素晴らしい温泉を堪能し、改めて東北と温泉文化のつながりの深さを知った。

 津波の被災地も辿った。震災から1年半が経とうとするなか、未だ復興どころか、被災した建物がそのままになっているところも多く散見された。日本は内陸部でない限り、どの地域にも津波の危険性はある。津波が押し寄せた場合、「どこに逃げたらいいのか」の答えは、被災地の何もかもがなくなった更地に佇めば分かる。しかし、私たちが訪れた陸前高田市の「奇跡の一本松」の付近には、安全な高台が近くにはなく、高齢者などは逃げることが不可能だったのではないかと思う。全国の市町村の首長、議会の議員、まちづくりや、防災関係の担当者の方々には、ぜひ被災地を訪れ、今後いつ訪れるか分からない津波などの対策を考えるきっかけにしてほしいと思う。

 今回の旅行では、東北の湯治宿に幾つか泊まった。以前、現代の旅行者の視線から外れてしまったボロ宿に泊まることで、「旅館の本質を問いたい」と書いたが、想像以上に新鮮な世界が見えてきた。

 古い木造建築の湯治宿の食堂で、あまり期待もせずに夕食を食べたのであるが、手作りの料理の美味しさに感動すら覚えた。前日まで2連泊した大型旅館の料理の酷さと比べていたのかもしれない。その大型旅館は初日と2日目の夕食メニューを変えていたが、2日目は「ベンチの控え選手」というような代物だった。連泊客の心理としては、むしろ2日目の方に何か新しいメニューがあれば、好印象を受け、再訪したいと思わせるものなのに、少々残念だった。

 建物は古かったが、湯治宿の料理の方が、温かみがあった。宿を訪れた遠方の旅人に、温かい作りたての料理でもてなすという宿の真髄が、守られていた。最先端のスタイルはカッコイイ。だけど、古くから残る宿の「温かみ」を再考するのも大切だ。湯治宿には、若き旅館経営者にも学ぶべきものが多いと思う。

(編集長・増田 剛)