2022年7月8日(金) 配信

高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客の強い支持を得て集客している宿の経営者と、工学博士で、サービス産業革新推進機構代表理事の内藤耕氏が、その人気の秘訣を探っていく対談シリーズ「いい旅館にしよう! Ⅲ」の11回目は、長野県・湯田中温泉「あぶらや燈千」社長の湯本孝之氏が登場。「より良くしたい」という強い思いから、常に細かく改善し続ける姿勢や、風俗営業免許の返納など「やめる」勇気についても内藤氏と語り合った。
【増田 剛】
◇
湯本:1961(昭和36)年に創業し、私は3代目になります。
元々は油屋として、この地で菜種油や小麦などを売る雑貨店を営んでいました。そのうち商売も難しくなったため、祖父が借金をして温泉を掘り、温泉旅館業を始めました。長い歴史のある宿が多い湯田中温泉では、後発中の後発でした。
最初は3階建ての小さな木造旅館でしたが、その後観光ブームもあって66年には5階建て鉄筋コンクリート造に建て替えています。
団体客が主流で最も客室数が多かった時期は50室以上ありました。02年に個人客に対応するため露天風呂付客室専用の棟を新築で建てたり、大浴場や個室食事処を備えたり、5億円ほど投資して全館フルリニューアルしました。そのタイミングで「ホテルあぶらや」から「あぶらや燈千」に名称を変えました。現在は32室です。
内藤:ご両親は個人化への変化に対して先見性があったのですね。
湯本:鉄筋コンクリート造にしたのも早かったですし、露天風呂付客室も当時はほとんどありませんでしたので、メディアの取材もたくさん来ました。
――湯本さんが宿に戻ったのはいつですか。
湯本:リニューアルしてスタートした直後です。
私は東京の大学を卒業後、1年間ホテル学校に通いました。その後、2年ほど実際に都内のホテルで修業というかたちで勤務させていただきましたが、そのホテルが倒産していく様を見ていたことがきっかけとなり、そこから私の旅館業人生が始まりました。
就職したホテルでは、オーナーと社員がもめていて、私が入社して1週間ほどでフロントスタッフが全員一斉に辞めてしまいました。たった1人残った社員と私で立て直しをやらなければならない状態でした。
支配人は場外馬券場に行くし、レストランスタッフは冷蔵庫から食材を出して宴会をするなど崩れ落ちていく様を目の当たりにしました。そのような職場で2年間働いていました。
内藤:当時、何を感じていましたか。
湯本:ホテル学校に通ったのも「東京にもう少しいたかった」という理由で、旅館を継ぐという考えは持っていませんでした。両親からも「継いでほしい」と言われたこともなかったのですが、東京であまりにひどいホテルの環境にいたため、実家の旅館のことが心配になってきました。
1998年に長野冬季オリンピックが開催され、周囲の旅館もリニューアルラッシュを迎えました。そのタイミングで両親は改修をしなかったので、次第に集客が難しくなってきました。売上自体はそこまで厳しくはなかったらしいのですが、「取り残された」という危機感もあり、建築費も下がった02年に大改装を行いました。
内藤:一般的にお金が入ると、時代の流行に沿った新館を建てたり、大規模リニューアルをしたりして、そのまま手つかずになっている施設が多くあります。一方で、外壁の塗装や、ロビーの設えなど、地道に小さな部分に手を入れている施設に私は共感します。
五輪ブームのときに改装せず、建材費が下がった時期に改修するというのは、やはり先代の嗅覚があったのかもしれませんね。
湯本:嗅覚があったのかもしれませんし、必要に迫られてだったのかもしれません。宿泊単価は1万円ちょっとだったのが、露天風呂付客室を作ったことによって、当時2万5千円レベルの客層に変化しました。
従来の団体客と新しい露天風呂付客室の個人客も混在していましたので、ロビーでバッティングすると、「団体のチェックインが騒がしい」など、個人客からクレームも多く、個人客の専用ラウンジを作りました。
内藤:あとから振り返るとそのような説明になりますが、それでも何も対応できない施設がほとんどです。
例えば、個人化しているのに宴会をやめられないなど、必要に迫られていても軸足を移すのではなく、「二兎を追ってしまう」というのが一般的です。
湯本:内藤先生の助言もあり、風俗営業許可証を返納しようとしたところ、両親に「売上が落ちる」と大反対されました。
2年ほど経ってですが、ようやくコンパニオンを廃止し、風俗営業許可証を返納しました。
内藤:旅館業界は風俗営業免許の不満を口にしますが、売上が減ることを考えると、足踏みして風俗営業の維持を選んでしまいます。
しかし、あまり旅館業の方々は理解していないのですが、通常の接客を行うコンパニオンは風俗営業免許を取得する必要がなく、売上への影響がありません。
湯本:コンパニオンを廃止したことで団体客が減り、初年度は多少売上が下がりましたが、年々とそれを高単価の顧客でカバーすることができるようになり、さらに顧客満足も高まり、本当によかったと思います。
内藤:昔ある経営者から「息を吐かないと新しい空気は吸えない」と言われ、なるほど「新しいことは何かを手放さないとできない」と感心したことを思い出します。
湯本:両親や私自身も「どうやって売れる商品を作るのですか」「どのようにマーケティングをしているのですか」と聞かれることがあるのですが、単純に「いいと思ったから、次にこれをやりたい」とアイデアを実行しているだけです。
ただ、「お客様に喜んでもらいたい」という思いが根底にあるのかもしれません。そのうえで、「より良くしたい」という強い改善の思いが行動に移っているのだと思います。
内藤:生産性の観点でいえば、「より良くし続けていかなければ悪くなる」という捉え方です。
湯本:02年に露天風呂付き客室を作ったあと、岩盤浴、食事処の個室を増築し、エステルーム、その後新しい客室を作りました。
さらに、朝食バイキング会場をフルリニューアルし、16年には屋上にルーフトップバーを新設しました。18年にはロビー、20年には大浴場をリニューアルし、21年8月には部屋食の露天風呂付客室を新たにオープンしました。
内藤:継続的な設備投資の計画はどのように考えられていたのですか。
湯本:緻密にやっていたわけではなく、投資した分が良い方向にいっていたので、危機感を持って投資していたわけでもありませんでした。「常に細かく改善しよう」という意志の根底には、お客様と同じ目線があるのかなとは思います。
例えば、本屋に行って1時間くらい女性誌をはじめ、片っ端から「旬」の情報を定期的に収集しています。おそらくこれがマーケティング力につながっているのだと思います。
内藤:科学の根底には常に具体的な根拠を持つ「客観性」があり、それを漢字で「客が観る」と書きます。客の目線になれるというのはすごく大事だと思っています。
――2002年に宿に入られた時、どのような状態でしたか。
湯本:28歳で宿に戻ったとき、私は最年少でした。両親と父の弟夫婦、姉夫婦の湯本家6人を中心とした家業でした。
最初は年上の社員たちとスノーボードや、飲みに行ったりして楽しかったのですが、次第に社員の不満を耳にするようになり、会社の問題点が浮き彫りになっていきました。
女将(母)がトップダウンで指示を矢継ぎ早に出していたので、社員も窮屈に感じ、乖離していた状態でした。
今は新卒採用をしていますが、当時は中途採用と派遣スタッフばかりだったので、会社に理念もなく、営業のやり方もばらばらでした。ただ、お客様に対しては皆、一生懸命に対応していましたので、顧客満足度は低くはありませんでした。
改革が急務な状況にありましたが、父は元来家業の人だったので、聞く耳をもってもらえず、若い私は、社員と父との間で板挟み状態でした。31歳の時に強引に支配人になりましたが、このような状態が5年ほど続きました。
内藤:具体的にどのような改革をされたのですか。
湯本:支配人になって最初に取り組んだのは、新卒採用を始めたことです。会社の理念や方針など目指す方向性を作り、社員全員に共有しながら入退社を繰り返すうちに新卒社員比率が変わっていきました。
内藤:離職率はどうですか。
湯本:今も離職率は高いので、そこが課題になっています。
私のやり方が良くなかったのかもしれませんが、ゼロからスタートする新卒を採用して、3―5年間しっかりと育てれば「人材が育ち、組織が安定化していくのではないか」と一生懸命やってきました。その結果、気づけば20代の若手ばかりになり、若い人材を育てる30―40代が手薄になっていました。
若いスタッフは入社後3年ほど経つと、「将来自分は誰を目指して働いていけばいいのだろう」と不安になったり、急に管理職に就いたときに模範となる先輩がいないため、どうしていいかわからないという状態が続いていました。
内藤:オーナーとパート社員だけという会社も多くありますが、しっかりした会社は課長クラスなど中間層の人材の厚さを感じます。
湯本:そうですね。中間層がいなかったのでトップの私と、その他社員全員というような構図でした。
現場に張り付いていた支配人の後半ぐらいから段々見切れなくなっていき、17年に社長に就任すると、対外的な業務も増え、これまで以上に私1人では全員を見ることができない状態になりました。
内藤:中途採用者は以前のクセが出てきますし、一から育てるには相当な時間とエネルギーが必要です。どこの会社も悩ましい問題です。
ほとんどの旅館は民宿から始め、規模が大きくなっても民宿のやり方を続けて、ムリが生じています。
人口も、客も増えているときは対応できたが、お客も働き手も減り始めたときに、これまでのやり方が対応できなくなってきます。中間層がしっかりとしている会社は、就業規則で透明化され、賃金体系もしっかり明記されていたり、休日を十分に与えていたり、企業経営的に移行しています。
従業員が辞めるときの理由は大きく2つしかないと思っています。1つは人間関係、もう一つは5―10年後の「先が見えない」ことです。将来的な賃金体系が明記されていることも、大事なことです。
湯本:私は当初から企業化へと移行したかったので、新卒を積極的に採用し、パートさんまで理念の共有をはかり、おっしゃるように賃金体系や評価制度も定めました。組織化することに大きな時間とエネルギーを注いできました。
内藤:現在、社員数はどのくらいですか。
湯本:パートさんを含め、45人ほどです。
内藤:よく言われるのが30人を超えると一人ひとりが何をしているか分からなくなり、管理方法が変わる。100人を超えると顔と名前が一致しなくなります。
湯本:まさに組織の管理手法を変えていかなければならない時期だと感じています。最近は方針転換をし、中途採用にも力を入れています。19年の秋に妻が旅館に入ったのも、組織改革への一つの大きなきっかけとなりました。
内藤先生と知り合ってから生産性向上が必要な考え方だと腑に落ちた瞬間があり、最近ではタブレットチェックインやPOSシステムなども取り組んできました。
コロナ禍では一昨年5月は1日も営業ができなかったので、どれくらいエネルギーコストがかかっているか館内設備を一つずつ点検していきました。付け足し、付け足しで3棟あるので、重複する設備もたくさんありました。お客様にクレームを出さないように空調機も設置していましたが、ムダなものを削っていくと電気料金が大幅に下がりしました。ラインワークスを使っての情報共有や、Wi―Fiインカムも導入しました。
また、コロナ禍で、契約が満了した派遣スタッフが大幅に減りました。少ない人数で現場をマルチタスクで回し、平日の稼働に合わせた人員配置にしたため、ピークの山を崩すことができました。これにより、週末は満室にできなくしました。その分固定費が下がったので、赤字になりづらい体質になりました。満室にする必要がないのだったら、単価を上げようと思い、それでも支持してもらえるお客様に来ていただければいいという考えになりました。
内藤:生産性管理の常識なのですが、稼働変動の幅が大きくなればなるほど固定費が高くなり利益が出にくくなるので、稼働のピークとなる山をいかに崩すかが大事です。だから製造業の生産性向上の一丁目一番地は需要の平準化です。オーソドックスなことをきちんとやられているということですね。
湯本:余った客室は正午から午後6時まで、1人4千円で日帰り入浴と、食事もオプションで提供するデイユースや日帰り客などで使用するようにしました。10回ほどリピートするお客様もいて新しい市場開拓にもなりました。固定費は増えていないので、利益率は飛躍的に改善しました。
料理のテイクアウトサービスも始め、売上の新たな柱を作っていきました。昨年8月に露天風呂付客室がオープンしたこともありますが、コロナ前から単価が4千円ほどアップし2万8千円を超えました。稼働の山を崩して作業負荷の平準化による固定費圧縮とともに、設備投資と合わせて単価アップの両面で生産性向上につながっています。
内藤:自社集客も工夫されていますか。
湯本:満室になることが予想される日は、自社と楽天トラベル、じゃらんに絞っています。
内藤:2社を残したのはどうしてですか。
湯本:楽天トラベル、じゃらんは検索結果表示で1位表示にならないとお客様がたくさん流入して来ない。さまざまな会社に分散していたものを集約することによって上位表示を確保しながら、自社集客も上がってきたことで、数百万円の手数料率は下がりました。
接客に特化したマルチタスクもやりました。
内藤:接客とバックヤードを分けた理由は。
湯本:接客を希望してきた新卒には、あまり多くの労力をバックヤードで費やしてほしくないという思いはありました。
内藤:その思いは理解できますが、一長一短あって、清掃もやることによって中抜けがなくなり朝6時に出勤して昼過ぎに退社できるというシフトが可能になります。
多様な働き方のなかで、「決めないことを決める」ことにより柔軟性がもっとも高められ、それが一番いいと思います。「こうあるべきだ」という考えを捨て、場当たり的にやっていくのがいいと思います。
湯本:清掃を除いたマルチタスクなので、苦戦します。2交代制の昼の時間の仕事として何をやればいいのか。試行錯誤しているときにコロナ禍になり、現在は中抜けに戻っています。
内藤:逆に、表に出ることができるバックヤードのスタッフをいかに雇うか、というのも課題です。
湯本:昼の売上を上げるために、現在宿の横に事業再構築補助金で新しい事業をやろうとしています。そこを上手く活用して、中抜けなしの早番と遅番の2交代制にシフトしていきたいと考えています。
内藤:新しい事業とは何ですか。
湯本:観光型複合施設です。見学型のクラフトビール工場、ご当地バーガーとスパイスカレーのレストラン、観光センター、チョコレートショップ、ワーケーションスペース、足湯などの施設を今年10月からオープンを目指しています。パティシエやビール醸造士を雇って、テナントを入れず、すべて直営でやります。
内藤:楽しみですね。期待しています。
――ありがとうございました。
【全文は、本紙1874号または7月15日(金)以降日経テレコン21でお読みいただけます。】