2022年8月1日(月) 配信

高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客の強い支持を得て集客している宿の経営者と、工学博士で、サービス産業革新推進機構代表理事の内藤耕氏が、その人気の秘訣を探っていく対談シリーズ「いい旅館にしよう! Ⅲ」の12回目は、石川県・山中温泉「お花見久兵衛」社長の吉本龍平氏が登場。若い世代は「価値や意味があるものには金を出す」傾向を踏まえ、リニューアルによって滞在中に楽しめる空間づくりを目指す吉本社長と内藤耕氏が語り合った。
【増田 剛】
◇
――宿の始まりから教えてください。
吉本:山中温泉街の中心部で10室未満の小さな宿「吉本屋」を営んでいました。1933(昭和8)年の大火で被災し、その後、祖祖父が地元の何人かと共同で宿を始めました。58(昭和33)年に現在の地で、木造80人収容の旅館「山水閣」を建てました。
84(昭和59)年には64室約300人収容の鉄筋コンクリート造に建て替えました。バブル期の団体旅行全盛期だったので、団体客向けに規模を拡大しました。
バブル崩壊後には個人化に対応するため、2部屋を1部屋にまとめ、露天風呂付き客室などに改修し、現在48室です。02年には館名を「お花見久兵衛」と変えました。
内藤:代替わりをしたのはいつでしたか。
吉本:私が旅館に戻ったのが2004年10月で、社長になったのは12年5月です。
東京の大学を卒業後、1年半ほど名古屋で営業職を担当していました。すると、04年7月に女将(母)から「旅館の経営がピンチだ」という電話があり、会社を辞めて宿に戻ってきました。
――どのような状況でしたか。
吉本:個人化への対応の遅れや収益構造自体に問題を抱えていました。当時メインバンクの石川銀行が破綻し、債権がすべてRCC(整理回収機構)に行ったこともあり、厳しい状況になりました。
社長に就任する直前の12年2月に「中小企業IT経営力大賞」で、優秀賞をいただきました。当時、先駆けてホテルシステムを導入したほか、旅行会社に頼っていた販売チャネルを、インターネットを活用して自社公式サイトや、OTA(オンライン旅行会社)に切り替えました。営業体制や内部のオペレーションについても、例えば、紙の台帳で管理していたものをデジタルに移行しました。
経営状況は、優秀賞を受賞した12年からも、じり貧状態を打開することが上手くできませんでした。バブル後では、10年に売上のピークを迎えたのは、そもそも他よりも早くネット上で販路開拓をしたことで瞬間的に先行者利益を得ただけでした。
若女将(妻)は2年間、子供が小さかったので休職していましたが、コロナ禍の20年4月に現場に戻ってきました。厳しい経営状況を確認し合い、「根本的に改革しなければコロナ禍を乗り切れない」ことを話し合いました。内部の事務的な部分を含め、「利益が出せる体質に見直す」必要性を感じました。
内藤:具体的にはどの部分を感じましたか。
吉本:団体旅行の場合、宿泊料金よりも、宴会での飲食やコンパニオン費などで利益を出す構造になっていました。
個人客はアルコールなど飲食で大きな利益は計上できません。付帯の売上は1人当たり平均1300―1500円程度で、なおかつ、1部屋の平均稼働率は2人ほどです。これほどの空間があっても利益を得られない構造になっていました。
利益を出すには「稼働率を高める」、「付帯の売上を増やす」、もしくは「コストを下げるために販売・管理費を下げる」しかありません。
団体から個人へと移行するなかで、限界利益率も飲食込みで2万円と、飲食なしで1万6千円では大きく違ってきます。その分、人件費を含む販管費をいかに削っていくかが課題となりました。
若女将が休職する前に一番大変だったのは、団体客は一度に食事を提供できますが、個人客はオペレーションが大幅に増え、人件費が増えていきました。団体と個人を効率よく対応するオペレーションもなかなかできずに、「お客様から求められたものにすべて応えなければならない」という思想から離れることができないでいました。
高級旅館のように高単価な料金をいただける施設を持っていないにも関わらず、お客様からは高級旅館並みのフルサービスを求められ、対応しようとしていました。
――いただける料金以上のサービスをしていたということですね。
吉本:人材難によるサービスの低下、顧客満足度も下がるという悪循環に陥り、ビジネスモデルとしてまったく成立していない状態でした。
内藤:さまざまな旅館を見てきましたが、皆同じようなご苦労をされて乗り越えた宿と、そうでないところに分かれています。その差は、団体から個人客に切り替えが上手くいっているか、否かです。
吉本:最終的には単価を上げていける宿になっていきたいので、計画的な設備投資だけではなく、サービスの品質を上げ、オペレーションのムダを省いていく見直しを行っています。
――具体的にはどのようなことですか。
吉本:昨年はドリンクのオーダーをタブレットで受けることを始めました。ずっと伝票でオーダーをとっていましたが、スタッフが忙し過ぎてお客様が注文できないという状況を改善しました。付帯売上のチャンスの確保が大きな目的です。内部で伝票の書き間違えや会計でのミスなども多く、根性や教育でミスをなくす工夫はしてきましたが、思うようにはいきませんでした。
このため、お客様にタブレットをお渡しし、ドリンクだけはタブレットから注文していただくスタイルに変えました。お客様も好きな時に注文できるので結果的にドリンクの売上が増え、伝票のミスもなくなりました。料飲部の書いた伝票がフロントで読めないなど、毎日のように発生していた不毛なトラブルもなくなりました。
施設も、今夏のリニューアルオープンに向けて改修をしていきます。
内藤:どのような改修をされるのですか。
吉本:一番大きな宴会場を個室食事処にします。ほぼ稼働していなかったクラブラウンジを宿泊客が漫画を読んだり、卓球をしたり、くつろいだりできるエンターテインメント・リラックススペースにする予定です。
そのほか、ラウンジでお団子や手焼きのせんべいなどをサービスで出していましたが、玄関を入ってすぐに大きな階段があったので視野が遮られ、フロントから土産物の売店や、ラウンジも見えない状況でした。昨年12月に思い切って階段を取っ払って動線を集約し、フロントスタッフがすべて対応できるように変えました。お客様に館内を動いていただくように考えています。
内藤:それは正しいと思います。館内が楽しければ、お客は歩くことは苦痛ではありません。
吉本:コロナ禍で始めたのですが、お菓子やジュースなど飲み物をフリーで提供するコーナーも館内に散りばめており、滞在中に楽しんでもらいたいと考えています。
構造的な変更だけでなく、コロナ禍でお客様が何を求めているのか、実験的にサービスを変えながら確認をしています。
例えば、これまでフロントカウンターで立ったままご案内用紙を見せながら一方的に長々と説明していましたが、お客様はすべて覚えられないし、客室に入ってからさまざまな問い合わせもありました。
これを昨年思い切ってやめて、カウンターでは必要最小限の説明をし、ラウンジに座ってゆっくりとお団子を召し上がりながら読んでいただき、「もし分からないことがあればスタッフが丁寧に説明します」という、主導権をお客様にお渡しするスタイルに変えてみました。それでも1つか、2つしか質問はないのですが、お答えすると「親切だった」という評価をいただけるようになりました。
スタッフの説明も、欲しいタイミングでなければ苦痛に感じてしまいます。スタッフの労力が大幅に省けたにも関わらず、お客様の満足度が上がる結果となりました。
客室の案内もやめました。サービス業のスタッフは「何でもお客様にして差し上げたい」という想いが強いので抵抗を感じていましたが、客層も変わってきて、とくに若い世代などはべったりとした過剰なサービスが逆に苦痛に感じ、顕著に表情に表れることもあります。
若い層は合理的に消費する世代なので、「ムダと感じるサービスが宿泊料に含まれているのなら選ばない」という考えが浸透しているのを感じます。つまり、「望まないサービスをパッケージ的に売られることを拒否する」傾向が強いのです。ミスマッチがあるのであれば、求められていないサービスを一旦削ってみて、お客様が本当に求めているものを拾い上げていく方が良い消費関係になれると考えています。
――客室はベッドが多いのですか。
吉本:ほとんどが布団です。
内藤:「客室にあまり入ってほしくない」というお客は洋室を選ぶかたちですか。
吉本:いえ、客室での食事提供もほぼやめていますので、和室にも布団敷きのときを除いて入りません。布団敷きもやめたくて、コロナ禍で助成金も活用しながら、和洋室を徐々に増やしていっています。48室中、ベッドの客室は13室まで増えました。
内藤:サービス業の面白く、難しくて怖い部分ではありますが、サービスの内容を何か一つ変えると、客層が入れ変わってしまいます。これまではすべてのお客をターゲットにしていたために色々なことを幅広くやられていたのを、サービスの内容を絞り込むことで客層も絞り込んでいこうとされているのですね。
吉本:おっしゃる通りです。2009年に200畳の大広間の半分を、20席のレストランに改修してオープンしました。そのときにまだ団体客もあったので、思い切れなくて84畳分を残していました。結果として中途半端なレストランのため、48室に対し、20席しか作れず席も足りない状態でした。
内藤:中途半端が一番良くありません。これまでやっていたことをやめるとすぐにお客が来なくなりますが、次の新しいお客が来るまでには時間がかかってしまいます。
一般的に若い人は宿泊料金が安い方がいい。単価を上げて収益を出す方向と矛盾する面もありますが。
吉本:若い人の消費の仕方は、「価値や意味があるものにはお金を出す」傾向が強いと見ています。
一般的な旅館の1泊2食のパッケージでは、出された料理がいくらなのか分からない状態で購入しなければなりません。この場合、出費の拒否反応が強くなります。最終的には泊食分離が理想ですが、料理もアラカルトで選べるようにしないとお金を出してもらえない。価値を感じてもらえるものや、食べたいと思うものを商品開発していく必要があります。
現在、ラウンジにカフェスペースを作る改修を行っています。お洒落なカフェに写真映えするドリンクであれば、高い単価でも若い層はお金を出すことは惜しみません。一方、お酒の瓶のままでは注文しません。
「宿泊客がお酒を飲まなくなった」と愚痴を言うよりも、飲みたくなるもの、お金を出したくなるものは何かを考えて商品開発をしていく。付帯売上を最終的に増やすためには、売店も若い客が欲している商品をそろえるべきだと思っています。
アメニティも決まったものを客室に置いていますが、ピックアップ方式に変えようと思っています。その代わり、少し宿泊単価を上げて、品質の良いものを用意して、「自分のためのお土産としてほしい」と思えるものを用意する。何にお金がかかっているか、お客様に対してきちんと「見える化」していくことが目標です。
内藤:価格帯はどのくらいを想定しているのですか。
吉本:2万―2万2千円の価格帯です。
内藤:いい線ですね。
吉本:若い人がしっかりと合理的に価値があると思っていただけるコンテンツを作っていき、単価アップしていきたいと思います。
現状では、1泊2食でパッケージ化されたサービスがほとんどですが、お客様は必ずしもすべての内容に納得して払っているわけではないと認識しています。納得していないところに単価アップをしようとしても離れてしまう。サービスを細分化して組み合わせ、納得できる内容にしていければと思っています。
内藤:「見える化」するということは、宿泊料金をどのように考えているのですか。
吉本:ホテルに近い概念が必要で、1泊2食であっても客室料金を設定し、料理も松2万円、竹1万5千円、梅1万円などです。泊食分離に近づける過程で整理していきたいと思います。
内藤:飲食店と違って20時間も滞在するなかで、収支の計算は難しいと思います。チェックインからチェックアウトまでの長い時間の中での価値を分割しようとされていますが、立地条件などで常識的に相場はこれくらいだろうと先に決まってしまう。どうしても小売業的に逆算して決まるのだろうと思います。
単価アップをするにはどういうところに価値を付けるのですか。
吉本:客室の単価アップは投資では作れないと考えています。それよりもパブリックを改修して、滞在して楽しめる空間をたくさん作る予定です。コワーキングもできるカフェもあり、茶室では抹茶を自分で点てられるスペースにする。デッドスペースになっていたクラブラウンジは、エンタメゾーンにして、雑誌を置き、卓球スペース、ボードゲームが楽しめるリラックスゾーンとして展開する計画です。
パブリック部分はスーパー銭湯を持ってくるようなイメージです。
若い世代は旅館の滞在中に客室で過ごすのではなく、パブリックスペースで滞在を楽しむスタイルが定着してきています。「客室にいても何をしていいのか分からない」、「スマホを眺めるだけでは家に居るのと変わらない」という声も多くあります。
私自身も旅館に宿泊しても退屈を感じることがあります。お風呂に入って、夕食に2時間費やし、もう一度風呂に入るか、布団に入って寝るだけ。慌ただしくもあり、暇でもある。元々旅館は風呂、部屋、料理が基本機能ですが、それ以外がオマケではつまらない。どちらかと言えば、風呂、部屋、料理の比率を弱めて、その他の部分の楽しみを高めていきたいですね。
内藤:旅館の客室には床の間があるのでリビング。一方、ホテルはベッドルーム。旅館はリビングがメインですが、ホテルはベッドルームなのでパブリックに出てくる傾向が強くなります。和洋室化して、ベッドルームが増えることで、パブリックで楽しんでもらおうとするコンセプトはいいと思います。
吉本:客層的にもそちらの方が「ニーズが高い」と思っています。
コロナ禍でホテルやビジネスホテルが苦戦しているなかで、宿泊特化型がパブリックを充実させるライフスタイル型のホテルが増えてきています。近年はグランピングや、貸別荘、一棟貸しなども注目されており、その傾向はコロナ禍でさらに加速したのではないかと思います。
客室以外のサービスが充実した施設を一度体験してしまうと、時間緒制約が大きく、顧客にとって融通の利かない旅館の過ごし方は退屈してしまうと考えています。
――基本的にお客のニーズに応えきれていないということですか。
吉本:若い世代は情報を主体的に取っていますが、旅館のお仕着せ文化は受け入れられないのだと思います。
お客様の満足度にもつながらず経費が掛かっているサービスは削って、お客様が真に求められるサービスを提供していきたいと思っています。飲料水や駄菓子のサービスもお客様が自分で客室に持って行っていただけるし、満足度も高い。「旅館には饅頭や煎餅しかないと思っていたけど、市販の人気のチョコレートやポテトチップスなどもあってうれしかった」との声も多い。単価も1人平均200円程度で、満足度のリターンはとても大きいと感じています。
内藤:客室にお菓子を置いてもそのくらいはかかる。コストがかかるときに目くじらを立てがちですが、コストをかけることをしないから減らすこともできない状態になってしまいます。費用対効果という概念は大事になってきます。
バスタオルを大浴場に持っていくことにも抵抗が強いですね。
吉本:アメニティをピックアップ方式にする理由の1つに、外部委託ですがバックヤードでセッティングするだけでもものすごく人件費がかかってしまうことも大きいです。4人部屋でも大人2人・子供2人や、大人2人・子供1人、大人2人など高齢の清掃スタッフは覚えられないので、廊下を何度も何度も往復して「歯ブラシは3本でよかったかな」と確認する時間もかかってしまいます。これをなくしたら、アメニティの単価が1人当たり100円上がったとしても、経費を考えると利益がでることになります。ミスも無くなり、クレームも減ります。
内藤:帳票づくりにも相当にコストがかかっています。それに、間違えないようなチェックも何重にもしています。裏方で指数関数的にコストが増えていることには気にしないで、お客様満足度につながる数10円のコストが増えることについては拒否反応が大きくなります。
吉本:人から生まれる労力を費用対効果として見ない傾向は強いですね。だからこそ数10円のコスト増が悪目立ちしてしまいがちです。今回のリニューアルを機に、オペレーションにおいて紙を全面的に廃止する方向で進めています。
内藤:フロントスタッフが紙を見てルームキーを渡すか、パソコンの画面を見ながら渡すかで大きく変わってきます。デジタルだと直前まで修正や変更が可能です。帳票づくりがなくなるし、報告・連絡・相談がなくなります。
吉本:紙に印刷すると更新ができず更新が発生したときに、「伝えた、伝えていない」の揉め事があちこちで起こりました。これによりチェック作業が発生します。
内藤:紙とデータベースの違いは、紙は出力して渡すという報・連・相で「プッシュ型」。データベースは皆が見に来るので「プル型」になります。
吉本:社員も、お客様も必要なときに、必要なタイミングで各々が情報を見に行ける環境づくりが、一番ミスマッチが少ないと思っています。
内藤:紙ベースからデータベースに切り替えるだけで、大きな改革につながります。
私は教育と管理と指導は無い方がいいと思っています。生産性向上に最も大事なのは業務の単純化です。
吉本:まったく同感です。どうしても教育に転嫁されやすい傾向がありますが、すべてのオペレーションを単純化、標準化することに取り組んでいます。
マニュアルも、動画で作ることで効率化していきたいと考えています。マニュアルを作る前には、その作業が本当に必要なのかと見直しも行っています。
今日入社した社員が複雑な業務プロセスもなく、単純化されて、夕食を提供できるような状況が理想と考えています。
――ありがとうございました。
【全文は、本紙1876号または8月5日(金)以降日経テレコン21でお読みいただけます。】