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逃避的な旅 ― 人生を変える人との出会いも

2013年10月1日
編集部

 坂口安吾の自伝的連作集「暗い青春・魔の退屈」の中にある「古都」は、安吾が東京にいることがやりきれなくなって、書きかけの長編小説の束を放り込んだトランク一つで、都落ちさながら、京都・伏見に行く場面から始まる。時はまさに宇垣内閣流産のさなかのことである。安吾は伏見にある弁当屋の2階の一室で丸一年逗留する。暗い部屋で机上の原稿に埃が積もるのを横目でみながら、近所の人たちと酒を飲み、碁を打つだけの日々を過ごす。

 薬物中毒、何度かの自殺未遂を繰り返した太宰治も、処女短編集「晩年」を刊行後、山梨県・甲府で春の日だまりのような新婚生活を過ごす。その後、目まぐるしく人生の歯車が動き出し、東京・三鷹での壮絶な死へと向かっていく。湯村温泉を舞台にした短編「美少女」は、宝石のような人生の静けさ、一瞬だけ与えられたのどかな時間の流れを感じさせる小説だ。

 伊集院静は広告制作会社を辞めた20代後半から30代半ばにかけての7年間、逗子のなぎさホテルに逗留する。支配人の厚情に守られながら、多くの読書をしたり、酒を飲み交わしたりして時を過ごすが、そこでの時間がのちの小説を執筆するうえで役立ったと語っている。

 貴種流離譚の代表格「源氏物語」は、光源氏が須磨に配流される場面がなければ成り立たない。そのくらい重要な位置を占めている。飛ぶ鳥を落とす勢いの光源氏が、政敵の娘・朧月夜との密会が見つかったことをきっかけに都から遠く離れた須磨で謹慎生活を送る。雅びな都を離れ、鄙びた須磨の田舎で絵を描いたり、淋しく海を眺め、催馬楽を歌う日々。明石に移ってから、物語に彩りを与える「明石の君」と出会う。一方、光源氏不在の間、荒れ狂う京都に、再び光源氏の復帰を求める声が高まる。都に戻った光源氏は、我が世の春を謳歌する。

 北野武監督の映画「ソナチネ」も、印象的なシーンが散りばめられている。主人公・たけしが演じるヤクザのボスは、子分を連れ、沖縄に向かう。罠であるのだが、青い海に囲まれた沖縄で、主人公たちは古びた海辺の家に住み、ぽっかりと穴の開いたような時間に砂浜で落とし穴を作ったり、紙相撲を取ったり、まるで子供のように無邪気に戯れる。やがて訪れる凄惨な死の場面と対比的に、あまりに美しいシーンだ。フライデー事件のあと、沖縄・石垣島で謹慎生活を送った時間の結晶のような作品だと思う。

 華々しい世界の住人が、世の中の流れや人間関係と切り離され、無意味に浪費する時間は、甘美である。不遇時代にある人物を、周りの地元の人たちが温かく接する挿話も欠かせない。

 昔も、今も、世の中は生きづらい。自らの意思で、あるいは思わぬ罠や、止むに止まれぬ事情で、“配流”や“左遷”されることも、何人たりとも無縁な世界ではない。腐ることなしに、運命のその場所の生活にどっぷりと浸ることで何かを掴むきっかけとなるかもしれない。そして、その時間が、のちの原動力となる可能性も大きいのだ。人生、良い時もあれば、悪い時もある。人生と旅は似ている。好奇心に溢れ、前向きな旅ばかりではない。心が折れそうなときの逃避的な旅もある。接点となる旅先の土地や人との出会いが、やがて1人の人間の人生を変えたり、一つの小さな物語として結実することもあるのだ。

(編集長・増田 剛) 

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