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専門家の視点 ― 大事な秘密は裏側に隠されている

2015年2月21日
編集部

 先日、クルマを整備に出した。随分長い間乗っているし、旅の相棒として、無茶な距離を走らせたりしているので、さぞかしお疲れのことと思いながらも、外見はまだまだイケているし、エンジンの調子も際立って悪くないので、放っておいた。悪い癖だ。

 整備場でリフトアップされたクルマの裏側を整備士と一緒に見た。オイルがつなぎ目から滲み出ていたり、パイプの裂傷などもあった。整備士の説明を受けながら、目を背けたくなる気持ちを堪え、長年酷使してきたクルマの傷み具合を直視して確認した。普段、クルマを外側からしか眺めることはないし、エンジンなどの心臓部の仕組みを見ることも少ない。室内に入るとデザイナーによって快適な空間が演出されており、外側のデザインは人目を引くように、その時代の最新流行のスタイルになっている。

 裏側は大抵グロテスクだ。蛇も表の模様は美しいが、裏側の白い腹は気持ち悪い。人間は裏側も意識するので、服の裏地にこだわったりもするが、蟹も、鰐も、裏側を見せる前提がないため、表裏のギャップは大きい。しかし、何事も大事な秘密は裏側に隠されているものだ。

 整備士を専門家と思うのは、クルマを常に裏側から見て、複雑な構造を理解し、調子が悪ければ、どの部分を交換すれば好調な走りに戻るか一目瞭然であることだ。一般的に、人は目に映る表面上の物事しか見ることはできない。その裏側や、内部の構造や、仕組みを知り尽くし、一般の人にきっちりと説明できる人を専門家と呼ぶ。

 医師は人間の内部の仕組みを理解しているから、目の動きや、肌の色など表面上からでも、どの部分が正常に機能していないかがわかることもある。

 一流の料理人は、肉や魚、野菜などさまざまな食材の構造を理解しているので、頭の中で料理を組み立てることができるし、一匙の味見で、多種多様な食材やダシが混在するなかで、何が足りないのかがすぐにわかる。そして、納得がいかなければ全体のバランスを崩さずに、味を調えることも可能で、食客には知り得ぬ、食材の持つ秘密を探り当てているのだろう。 

 ジャーナリストの池上彰氏は人気が高い。世界の動き、経済の動きに対しても、「どうしてこのようなことが起こってしまうのか」という社会構造を深く理解し、わかりやすく解説できるからである。

 レオナルド・ダ・ヴィンチは解剖学にも知悉し、人体を何度も解剖した経験があり、血管が人体をどのように巡り、骨の形や、筋肉、脂肪の付き方まで知り尽くしたため、「モナ・リザ」のような妖しい表情を描くことができたといわれている。

 旅館も、どこかクルマと似ている。外観は綺麗にデザインされ、館内は寛げるように意匠をこらしている。だが、クルマの裏側にあたるバックヤードは、お客の目に触れることはない。

 床が汚れているような表面的な乱れは、客やスタッフの目にも止まりやすく、修繕や清掃はすぐにできる。しかし、気を付けなければならないのは、バックヤードの不調和が表面のサービスに、鏡のように映し出されることである。旅館をより良くしようとするならば、表の意匠部分ではなく、見たくない裏側である内部の構造をしっかりと知ることが第一歩かもしれない。

(編集長・増田 剛)

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